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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
62/115

[15] 謁見(1)

 それは一見、簡素な作りの部屋だった。


 フヒト自身に与えられた一室と、ほぼ同じ。家具の配置もなにもかも。主不在の部屋と同じということは、寄りついていないということだろうか。


 ほこり被った敷物を踏みしめて、フヒトは戸口をくぐった。後ろに続いたアリスが、ゲホゲホと派手に咳こむ。なるほど空気さえ淀んでいる。



 死んだ部屋だった。眠りについたまま、長いときを過ごした閉鎖空間だ。特有の湿った匂いが鼻について、フヒトはすぐさまそれを『流し』た。


 アカリの部屋だとばかり思っていた。けれど、違うのかもしれない。いつか、風織が飛び降りた階とも異なる。この部屋の主は、一体誰だ。


 いぶかしみながらも、フヒトは真正面を見据えつづけた。


 敷物、机、椅子、寝床、書棚。生活感のない質素な家具が並ぶ奥、無機質な石壁にはまる、不釣合いに見事な大窓。



 ――その前に、彼はいる。



 意図的に意識をそらしつづけなければ、惹きつけられて目が離せなくなるような圧倒的な存在感を放って、立っている。


 それだけだ。普段どおりに、いたって通常に、無駄に華美な印象をもたらす白衣をまとって、立っている。



 藍白あいじろの髪は、無機質で暗い部屋には浮いていた。けれど大窓から差しこむ光には、よく映えた。


 キラキラと輝く短髪は、文句なく美しい。その容貌を讃える眷属たちの声を、フヒトはいまさら理解した。



 いつになく凪いだ深緋こきひの瞳が、スゥっと細まって、光の『王』たる男は、悠然と口の端を吊りあげた。


 ただ、それだけの仕草に、フヒトは圧倒される。軽薄さがなりを潜めた代わりに、前面へ押しだされた、その風格に。


 [勇聖]が[勇聖]たるさまを見せつけたのは、おそらくこれが、はじめてだった。



 アリスが咳こむ音が止んだ。呆然とかたまる少年の姿が、目に浮かぶ。フヒトとて大差ない。気圧されて、身動きがとれない。これが覇気というものか。


 お前は俺の眷属だ。そう告げたヒジリの声が、何度も反復して響く。



 そこにいたのは、王だった。

 どうしようもなく、王だった。


 理解した。いま、ようやく、実感をともなって。きっと、彼らの抱く想いの、何十万分の一という、ほんの切れ端にすぎないそれを。


 眷属とはなにか。生まれたときから定められる。意識とは別の次元の。導かれるように決まる。それは。



ことわり……」



 口をついて出たフヒトのつぶやきを拾って、ヒジリはわずかに笑みを深めた。


 ぞくぞくする。王の意に背く、という選択肢がまず浮かばない。隷属の精神が、思考をむしばんでいく。


 問いたいことはいくらでもあるはずなのに。言葉がなにも、出てこない。



 白衣の裾をさばいて、王は闊歩する。たいして広くもない室内だ。長い足で、ほんの数歩。迫る。その距離がはてしなく近くも、遠くも思える。


 ――交錯する。


 ヒジリは、フヒトを見てはいなかった。眼中にない、といった様子で、ほんのわずかな視線さえ投げることのないまま過ぎさっていく。



「ここに、もう俺の用はない」



 ひとこと、意味深な言葉が落とされる。それは、アカリのことか。それとも別のなにかか。この部屋の主は。フヒトのなかを、無数の問いがかけめぐる。


 けれど、ヒジリを、呼びとめることはできなかった。


 声がでない。身体が動かない。なにをしにきたというのだろう。ギ、と歯をくいしばる。そうして必死の思いでふり向いたフヒトの横で、動いたのはやはり、小柄な影だった。

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