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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
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[14] 風織

 石段を踏む硬質な足音が、二人分。閑散とした棟内に反響する。


 延々とつづきそうな、果てのみえない階段。上階へと伸びた一本道を、フヒトはアリスをともなって黙々と進んでいた。



「なあ、フヒト」



 ぽつり、と落とされたつぶやきが、壁にぶつかって、幾重にも響く。


 先を歩くフヒトは、ちらり、とアリスを一瞥して、つづきをうながした。



「さっき、なんだっけ。ソウが微妙な立場? って、言ってた?」

「ああ、それか」



 アリスにしてはめずらしく、言葉に迷いながら、ひとつずつ問いかけてくる。



「なんで……っていうか、そもそも、どういう……?」

「聞きたいならハッキリ言えばいいのに」



 思わずフヒトが口をはさむと、アリスは、ばつが悪そうに黙りこんだ。



「べつに、怒ってるわけじゃないよ。みんな知ってることだ。ソウが悪いわけでもない」



 もともと、思わせぶりな言いかたをしたのはフヒトだ。聞かれてこまるようなたぐいのことでもない。


 学都において、『来訪者』以上に特殊な立場というのはそうそうない。アリスが気にするのも、とうぜんだとも思う。



 打ちぬかれた丸窓から、冷たい風が吹きつけてくる。緩やかにめぐっていることの多い風が、こんなにも乱れていることはめずらしい。


 外見上いくら取りつくろおうとも、片割れを失ったかもしれない、という不安はソウをむしばんでいる。その精神は、穏やかならざる状態に違いない。



 不安定な『名持ち』に引きずられて、こんなところにまで影響が出ていた。年相応の未熟さが垣間見られるとは、不謹慎ながらほほえましくも思える。


 まっすぐ前を見つめたまま、フヒトは苦笑する。



「[風織]はね、もともと『闇の眷属』なんだ」

「ソウが? でもあいつ、ヒジリさまがどうとか……」

「彼は、『光の眷属』だ」

「はい?」



 まぬけ面が目に浮かぶようだな、と思いながら、フヒトは振りかえることなく補足する。



「歴代の[風織]は、[叡魔]の支持者。でも今代の[風織]――さっき会った、ソウは、[勇聖]を支持している。……ことになっている」

「なんだよそれ」

「どうせ、わかってないでしょ? だから複雑な立場なの」



 不満そうなアリスを、フヒトはぴしゃりとはねのけた。返答を待たずに、話を進めてしまうことにする。



「眷属ってのは、生まれつき定まっているようなものだ。どちらに属するかって義務はないけど、生まれもった忠誠心が導く」



 いくら、眷属が派閥のようなものとはいえ、変わることはまずない。存在そのものが違ってしまっている、いまとなっては。


 誕生と同時に定められた『王』への忠誠心は、そうそう揺らぐものではないのだ。


 しかし、ソウは、アカリの双子だ。[勇聖]と[焔灯]。[叡魔]と[長庚]。原初の眷属と王の絆は、ほかのモノとは比べものにならない。



「アカリのために、彼は信奉する『王』を変えた」



 だからといって、闇の眷属として生まれついた性質が変わることはない。


 メイの呼んだ濃密な『影』のなかで、涼しい顔をしていたのがその証拠だ。


 生粋の光の眷属は、『影』に対する生理的な嫌悪を捨てきれない。ゆえに、外に出歩こうとさえ、思わない。



「それ、って……」

「悪いことではないんだよ。めったにないことだけど」



 学都の『王』はあくまでも二人だ。どちらをより支持するかというだけの話で、眷属同士で敵対しているわけでもない。


 かつて起こった『聖魔戦争』も、終結してから永いときが経過して、風化しつつある。いまとなっては、短命な光の眷属では、知るモノも少ない。



「だれも気にしない。……本人を除いてはね」

「罪悪感があるってことか?」

「そんな単純なことじゃないだろう」



 フヒトは、ひとつの扉の前で足を止めた。気が散っていたアリスに衝突されて、すこしよろける。おおよそ、予想はついていたので、転ぶことはなかった。



「いまごろ、感情の整理が追いつかずに悩んでるんじゃないかな」



 憎みたくても、憎めない。


 アカリがもし本当に消えてしまっていたとしたら?

 それが、[勇聖]の采配なのだとしたら?


 あの青年は、それでも『光の眷属』として、ヒジリを信奉するだろうか。かけがえのない片割れを奪った男に、膝をつくのだろうか。


 ――答えは、わかりきっている。


 ひとたび[勇聖]の前に出れば、迷うことさえ許されない。どんな複雑な思いも捨ておき、ソウは従うだろう。


 王と眷属とは、そういうものなのだから。



「それ、どーいう」



 アリスの声を無視して、フヒトは、細かい装飾のほどこされたドアノブをつかんだ。六階。数え間違えてはいないはずだ。


 彼らの事情など、関係ない。フヒトは、ソウに揶揄されたとおり、眷属とは名ばかりの部外者だ。リ=ヴェーダの犬だというのなら、それでもいい。


 嗅ぎつけた異変を主に報告すべく、実態を把握するまでである。


 ギィ、と錆びれた音をたてて、古びた木の扉は押しひらかれた。

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