[13] 隔離棟
石造りの重厚な建物は、ただそこにあるだけで威圧感をかもしだす。縦に長く伸びた独特のシルエットは、学都において他に類をみない。
……すべては、この棟に暮らすモノたちを隔離するための措置である。高くそびえる別棟の外壁を見上げて、フヒトはため息をついた。
いつかメイを案内したときと変わらず、この荘厳な檻は、大きな口を固く閉ざしてたたずんでいる。
「あいかわらず、すげーなこれ」
「……そう?」
ほうけた顔でつぶやいたアリスに、フヒトはあいまいな答えを返した。否定するつもりも、ないのだけれど。
ツタの巻きついた古風な風貌には、たしかに、木造の監査棟とは異なった趣きがある。これもまた、かの[調停者]が生みだした崇高なる芸術品のひとつなのだ。
そう思えばこそ、フヒトは別棟という建物を嫌いになれずにいる。
整然と組みあげられたブロックが一面をおおうなかに、ぽつりぽつりと、とり残されたガラス戸は個室の窓だ。
『各階に一室のみ』という特徴的なつくりであるため、大窓が二列、縦にずらりと揃ってならんでいる。
そのほかには、階段の明かりとりを目的としたガラスのない小窓が点在するだけ。隔離棟とはよく言ったもので、なにかと閉塞的で、冷たい印象を与える建物だ。
この見た目もあいまって、一般学生が寄りつかない現状は確立された。
(アカリか、メイの階……どこだっけ)
他者の居住空間など、めったに訪れないフヒトである。めあての部屋を特定することなど、とても無理だ。
あきらめて【参照】してしまおうか。そんな欲求が頭をもたげたとき。ひとつの窓ガラスの向こうに、パッと目をひく藍白の髪を見つけた。
――ヒジリだ。彼とおなじ髪色のモノは、特異職にも存在しない。
下から数えて六番目。窓の位置をしっかりと確認して、フヒトは別棟の正面口をたたいた。返答を待たずに、そのまま戸を押しひらく。
「勝手に入っていいのか!?」
「……僕、本来はここの住人だから」
焦ったように叫ぶアリスに対し、落ちつきはらってフヒトは答える。片手は扉に触れたまま、もう一方の手で頭をおさえながら。
すっかり油断していて、頭が揺れた。殴られたような衝撃はすでに収まっていたが、消えない不快感に、眉間にシワがよる。
「あ、そっか。フヒトって、その、特異職? ってやつなんだっけ」
「他の[史記]がいない以上、必然的に『名持ち』だしね。ここに住む――いや、押しこめられる理由は、持ってるよ」
実際に部屋もある。まったく使っていないので、知らないモノには空き部屋としか認識できないだろうが。
『監査議員』という役職についてさえいなければ、おそらくフヒトは、この隔離棟にこもりきりの生活を送っていたはずだ。それは間違いない。
「また、そういう言いかたする……」
「アリス。そういうものなんだ、僕らは。それをあたりまえのこととして受けとめているし」
「だけど!」
「……ここにいる連中で一般生徒と関わりあいになりたいなんて考えるヤツ、いないよ。自分のなかに引きこもった存在ばっかりだから」
納得いかない。と顔に貼りつけたアリスにつめ寄られながら、フヒトは自嘲した。
「特異ってのは、おそろしく閉鎖的なコミュニティなんだ。だからこそ、なんとか折りあいがついてた」
ヒジリと交わした会話が思いかえされる。相互理解のための苦肉の策。そう言ったのだ、あの男は。
(そしてそれは、たぶん正しい)
フヒトは、生まれてすぐにリ=ヴェーダの保護をうけた。当時は先代が健在であったから、『フヒト』という名をもってはいなかったけれど。
厳格で、公平で、優しい。[調停者]の背中を追って、フヒトは育った。いたずらに知識ばかりつまって空虚であった己の中身は、すべてリヴから教わった。
アカリやメイを馬鹿にはできない。彼らが『王』の信奉者であるのなら、フヒトは『主』の信奉者だ。秩序をつかさどる、影なる学都の主。
盲目的な信仰ではないと思いたいが、並はずれた敬愛を抱いていることは、たしかだった。
「いくよ、アリス。六階まで上らないと」
ごまかすように告げて、フヒトは階段へと足を向けた。




