[11] チガウモノ(1)
「僕、は……」
フヒトにはできない。絶望の淵にたゆたい、それで尚も、[勇聖]を恨むことさえできないソウの嘆きを、苦しみを、理解できない。
握りしめたこぶしが、かすかに震えた。言葉を探しながら、フヒトは、隣に並ぶ少年をうかがった。
アリスは、状況を理解できないままに立ちすくんでいる。異様な空気に押されてか、珍しく腰が引けていて、それがフヒトの口をほころばせた。
迷うのはやめたんだ、もう。立ちどまったまま、なす術なく見送るのは嫌だ。無力でも、無知でも、前に進むと、決めた。
かすかな笑みを貼りつけて、[風織]に向きなおる。そして、フヒトはきっぱりと言いはなった。
「わからない。僕は、きみとはチガウモノだから」
いくら表面をなぞったって、その奥にひそむものはうかがい知れない。たとえば記録を【参照】して、どれだけの情報を、知識を得ようとも。
本質を理解することには、繋がらない。それが、記録の限界だ。無機質な記録にすぎないフヒトという存在の、枠組みだ。――それは、理における[史記]の定義。
ソウの空色のまなざしが、悲痛な叫びを潜めたまま、フヒトを見返していた。その痛みから目をそらさずに、まっすぐ、応える。
「だから、知りにきた。僕が[史記]であるために」
定められた必要性を超えて、知りたいと、フヒトは願った。
「[勇聖]の意向を僕は知らない。アカリになにかあったのか。学都が、どう在ろうとしているのか。僕は見届けなくちゃならない。僕自身が、ソウイウモノでありたいと願うからだ」
だから。フヒトは、一呼吸置き、告げた。緑青色の髪を、吹きすさんだ風が膨らませる。
「ここを通して。ソウ」
それが、フヒトの導きだした答えだった。
無表情を貫くソウの、内心の動揺をあらわすように、あたりを風が駆けめぐる。
頭上をおおう枝木が、大きくたわんだ。すり落とされた木の葉が数枚、風に巻きこまれて踊っている。
フヒトの目前を流れた一葉が、アリスの顔に貼りついた。
「え、なに!?」
来訪者の手ではらい落とされたそれが、地につくよりも早く霧散する。まばたきする間もなく、風のなかにほどけていった。
アリスは、気づかない。
途端。ぞくり、とわき立つ嫌悪感。突きささる強烈な視線を感じて、フヒトは森の出口を見やった。
ソウの肩ごし、暴れる木々の向こう側。そびえ立つ特異棟を背景に、はためく濃色の布地が見え隠れする。
(あれは……メイ? それとも)
フヒトの脳内をとっさにかすめたのは、幼い[長庚]のまとう濃紫の衣だ。
もっとよく見ようと、身を乗りだして前に迫る。怯んだソウが一歩引いて、ひときわ鋭い風がフヒトの目前でひるがえった。
威嚇するように、猛々しく吹きつけてくる。フヒトにとっては慣れたもので、気に留めることもなく前進さえできるが、アリスはそうもいかない。
声をあげる余裕もなく踏んばっていた少年の細い身体が、とうとう吹き飛ばされて、ドサリと地に落ちた。
足もとを這う根に、尻から叩きつけられたアリスは、涙目で犯人を睨んだ。
「いってぇ……。お前、文句があるなら口で言えよ!」
アリスの叫びに、はっと我にかえったソウが、荒れ狂う風をおさめる。
遅れて動きを止めた枝から、最後にもう一枚、葉が舞い落ちる。ほとんど距離の残っていない二人の特異職の間に、着地した。




