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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
58/115

[11] チガウモノ(1)

「僕、は……」



 フヒトにはできない。絶望の淵にたゆたい、それで尚も、[勇聖]を恨むことさえできないソウの嘆きを、苦しみを、理解できない。


 握りしめたこぶしが、かすかに震えた。言葉を探しながら、フヒトは、隣に並ぶ少年をうかがった。


 アリスは、状況を理解できないままに立ちすくんでいる。異様な空気に押されてか、珍しく腰が引けていて、それがフヒトの口をほころばせた。



 迷うのはやめたんだ、もう。立ちどまったまま、なす術なく見送るのは嫌だ。無力でも、無知でも、前に進むと、決めた。


 かすかな笑みを貼りつけて、[風織]に向きなおる。そして、フヒトはきっぱりと言いはなった。



「わからない。僕は、きみとはチガウモノだから」



 いくら表面をなぞったって、その奥にひそむものはうかがい知れない。たとえば記録を【参照】して、どれだけの情報を、知識を得ようとも。


 本質を理解することには、繋がらない。それが、記録の限界だ。無機質な記録にすぎないフヒトという存在の、枠組みだ。――それは、理における[史記]の定義。


 ソウの空色のまなざしが、悲痛な叫びを潜めたまま、フヒトを見返していた。その痛みから目をそらさずに、まっすぐ、応える。



「だから、知りにきた。僕が[史記](ボク)であるために」



 定められた必要性を超えて、知りたいと、フヒトは願った。



「[勇聖]の意向を僕は知らない。アカリになにかあったのか。学都が、どう在ろうとしているのか。僕は見届けなくちゃならない。僕自身が、ソウイウモノでありたいと願うからだ」



 だから。フヒトは、一呼吸置き、告げた。緑青色の髪を、吹きすさんだ風が膨らませる。



「ここを通して。ソウ」



 それが、フヒトの導きだした答えだった。

 無表情を貫くソウの、内心の動揺をあらわすように、あたりを風が駆けめぐる。


 頭上をおおう枝木が、大きくたわんだ。すり落とされた木の葉が数枚、風に巻きこまれて踊っている。


 フヒトの目前を流れた一葉が、アリスの顔に貼りついた。



「え、なに!?」



 来訪者の手ではらい落とされたそれが、地につくよりも早く霧散する。まばたきする間もなく、風のなかにほどけていった。


 アリスは、気づかない。


 途端。ぞくり、とわき立つ嫌悪感。突きささる強烈な視線を感じて、フヒトは森の出口を見やった。


 ソウの肩ごし、暴れる木々の向こう側。そびえ立つ特異棟を背景に、はためく濃色の布地が見え隠れする。



(あれは……メイ? それとも)



 フヒトの脳内をとっさにかすめたのは、幼い[長庚]のまとう濃紫の衣だ。


 もっとよく見ようと、身を乗りだして前に迫る。怯んだソウが一歩引いて、ひときわ鋭い風がフヒトの目前でひるがえった。


 威嚇するように、猛々しく吹きつけてくる。フヒトにとっては慣れたもので、気に留めることもなく前進さえできるが、アリスはそうもいかない。



 声をあげる余裕もなく踏んばっていた少年の細い身体が、とうとう吹き飛ばされて、ドサリと地に落ちた。


 足もとを這う根に、尻から叩きつけられたアリスは、涙目で犯人を睨んだ。



「いってぇ……。お前、文句があるなら口で言えよ!」



 アリスの叫びに、はっと我にかえったソウが、荒れ狂う風をおさめる。


 遅れて動きを止めた枝から、最後にもう一枚、葉が舞い落ちる。ほとんど距離の残っていない二人の特異職の間に、着地した。

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