[10] 王と眷属(2)
[風織]の青銀色の髪が、濃霧を背景に浮きあがっている。たちこめる『影』は黒々と、フヒトとソウの間を隔てていた。
張りつめた緊迫感のなか、二人の特異職は、沈黙を保ったまま互いを観察している。常にない嫌な感覚が、フヒトを襲った。
ばたばた、とあわただしい足音がして、甲高い少年の声が響く。
「おーい、フヒトー? っと、うあ!?」
アリスだ。どさり、と鈍い音が続く。なにをしてるんだか、とフヒトがため息をついたころ、――不意に視界が晴れた。
(『影』が……引いた……?)
穏やかに、じわりじわりと光が差しこむ。木漏れ日が、たたずむフヒトを、倒れこむアリスを、そして、呆然と固まるソウを照らした。
ゆったりと、余裕をもった変化だった。最近では見ることの少なくなった、[焔灯]の利権を正確に使った奪還劇。
入れかわるように掠れ、消えていく『影』が、フヒトには戸惑っているように感じられた。泥沼を進むような重く冷えた感触は、名残惜しげに去っていった。
やがて色をなくした青年の表情が、ゆっくりと時間をかけて、ゆがんでいく。
「ソウ?」
「リ=ヴェーダの犬に、なにがわかる」
絞りだされた声が、細く震えている。――怒り? 衝撃? 悲しみ? あるいは、そのすべてか。
空色の双眸が、暗く淀む。いつか、調子の良い片割れをみつめていた、穏やかな光はそこにない。
ソウは、眉を顔の中心へ寄せ、唇を皮肉につり上げた。伏せられたまぶたの奥に、ほろ苦い絶望がにじんでいた。
まさか。フヒトの胸が、どきりと跳ねる。
「アカリ、は……」
橙色の巻き毛をした、活発な少年。気が強くて、わがままで。
双子は、メイを例外とするなら、数ある『名持ち』のなかでも、ずば抜けて若くて、荒っぽい。
[調停者]を軽くみている感は否めない。けれど、フヒトは、彼らを嫌っていたわけではない。それほどの興味を抱いていなかった。
盲信的に[勇聖]を慕っていたものの、[焔灯]としてはままあることだ。[長庚]不在の十年間、アカリはしっかりと務めを果たしてきた。
みて、きたのだ。[史記]として、その行動を記録してきた。【自己参照】を行えるフヒトだからこそ、知っている。
先刻、権限を行使したのは、――ソウの片割れの『アカリ』ではなかった。
「わかる、ものか」
「ソウ……」
「光の眷属でありながら[勇聖]に膝をつかず、[調停者]の庇護下でのうのうと過ごすお前に、私たちの在り方など理解できるはずがない!」
[風織]は吠えた。青く広がる天をあおぎ、こぶしをかたく握りながら、慟哭した。ようやく追いついたアリスが、フヒトの隣で凍りついた。
……それは、フヒトには、理解しえぬ苦しみだった。
双子。学都DiCeにおける、唯一のつながり。その強さを、他者が推しはかることなどできようはずもない。
知っていることと、共感できることは違う。
フヒトには、[史記]には、ソウの激情を理解する日はこないだろう。そういうものとして、生まれついたからだ。
双子が、ヒジリに絶対の服従を誓うものとして生まれついたのと、同じように。
彼らを統べることは、『王』たるものの負う務め――それは、セカイの理。
『セカイというものは残酷でね。[風織]に与えられた『役割』なんてその存続にはたいした意味をもたないし、『ソウ』がきみである必要なんてどこにもないんだ』
いつかのユ=イヲンの台詞が、いまさらになって、実感をともなって響いた。




