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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
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[10] 王と眷属(2)

 [風織]の青銀色の髪が、濃霧を背景に浮きあがっている。たちこめる『影』は黒々と、フヒトとソウの間を隔てていた。


 張りつめた緊迫感のなか、二人の特異職は、沈黙を保ったまま互いを観察している。常にない嫌な感覚が、フヒトを襲った。


 ばたばた、とあわただしい足音がして、甲高い少年の声が響く。



「おーい、フヒトー? っと、うあ!?」



 アリスだ。どさり、と鈍い音が続く。なにをしてるんだか、とフヒトがため息をついたころ、――不意に視界が晴れた。



(『影』が……引いた……?)



 穏やかに、じわりじわりと光が差しこむ。木漏れ日が、たたずむフヒトを、倒れこむアリスを、そして、呆然と固まるソウを照らした。


 ゆったりと、余裕をもった変化だった。最近では見ることの少なくなった、[焔灯]の利権を正確に使った奪還劇。


 入れかわるように掠れ、消えていく『影』が、フヒトには戸惑っているように感じられた。泥沼を進むような重く冷えた感触は、名残惜しげに去っていった。


 やがて色をなくした青年の表情が、ゆっくりと時間をかけて、ゆがんでいく。



「ソウ?」

「リ=ヴェーダの犬に、なにがわかる」



 絞りだされた声が、細く震えている。――怒り? 衝撃? 悲しみ? あるいは、そのすべてか。


 空色の双眸が、暗く淀む。いつか、調子の良い片割れをみつめていた、穏やかな光はそこにない。


 ソウは、眉を顔の中心へ寄せ、唇を皮肉につり上げた。伏せられたまぶたの奥に、ほろ苦い絶望がにじんでいた。


 まさか。フヒトの胸が、どきりと跳ねる。



「アカリ、は……」



 橙色の巻き毛をした、活発な少年。気が強くて、わがままで。


 双子は、メイを例外とするなら、数ある『名持ち』のなかでも、ずば抜けて若くて、荒っぽい。


 [調停者]を軽くみている感は否めない。けれど、フヒトは、彼らを嫌っていたわけではない。それほどの興味を抱いていなかった。


 盲信的に[勇聖]を慕っていたものの、[焔灯]としてはままあることだ。[長庚]不在の十年間、アカリはしっかりと務めを果たしてきた。



 みて、きたのだ。[史記]として、その行動を記録してきた。【自己参照】を行えるフヒトだからこそ、知っている。


 先刻、権限を行使したのは、――ソウの片割れの『アカリ』ではなかった。



「わかる、ものか」

「ソウ……」

「光の眷属でありながら[勇聖]に膝をつかず、[調停者]の庇護下でのうのうと過ごすお前に、私たちの在り方など理解できるはずがない!」



 [風織]は吠えた。青く広がる天をあおぎ、こぶしをかたく握りながら、慟哭した。ようやく追いついたアリスが、フヒトの隣で凍りついた。


 ……それは、フヒトには、理解しえぬ苦しみだった。


 双子。学都DiCeにおける、唯一のつながり。その強さを、他者が推しはかることなどできようはずもない。



 知っていることと、共感できることは違う。


 フヒトには、[史記]には、ソウの激情を理解する日はこないだろう。そういうものとして、生まれついたからだ。


 双子が、ヒジリに絶対の服従を誓うものとして生まれついたのと、同じように。


 彼らを統べることは、『王』たるものの負う務め――それは、セカイの理。



『セカイというものは残酷でね。[風織](キミ)に与えられた『役割』なんてその存続にはたいした意味をもたないし、『ソウ』がきみである必要なんてどこにもないんだ』



 いつかのユ=イヲンの台詞が、いまさらになって、実感をともなって響いた。

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