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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
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[9] 王と眷属(1)

 森に消えたヒジリの後を追うような形で、フヒトは黙々と足を進めていた。学都で最も高い建物である、別棟へ。


 本棟の裏手に広がる森。その中心に隠れ家的に存在する監査棟から、東へぬけた先にある、特異職のすみか。


 濃密な影の中でも、その細長いシルエットは、ひときわ目をひく。



「うわ!」



 どさ、と鈍い音がする。



(……またか)



 頬をひきつらせたフヒトは、嫌々足をとめて振りかえった。



「どうしてきみは、いちいち木の根にひっかかるの」

「知るかよ、好きで転んでるんじゃねーし」



 不機嫌にくちびるを突きだしたアリスが、がばりと身をおこす。


 両わきを、背の高い木々に囲まれた小径だ。うねった木の根があちこちをはっている。


 誰も管理していないのだから、当然といえば当然だった。監査棟から別棟へ向かう者など、ほとんどいない。



「よく、こんな視界が悪いなかで動けるよな。なんでひっかかんねーの」

「僕?」

「フヒトだって、ずっとひきこもってたくせに」



 闇の眷属以外は、基本的に『影』の間に出歩かない。ひんやりとした大気が性にあわないこともあるが、ほとんどのモノはそういう習慣だから外にでないのだ。


 特に、ここ十年間の[長庚]の不在で、光の眷属からは『影』という観念がすっかり消えてしまっていた。


 そもそも、それがなくともフヒトはめったに出歩かないのだけれど、そのあたりは関係ないらしい。


 アリスと目をあわせながら、フヒトは肩をすくませた。



「普段と大差ないでしょ。みえないわけじゃないんだし」



 容易には流せない『影』ではあるけれど、副次的な影響を最小限にとどめることはできる。


 要するにそうやってある程度の視界を確保しているのだが、フヒトにわざわざそんな説明をする気力はなかった。



「だけど、……って、待てよ、フヒト!」



 アリスの返答を待たずに、さっさと先へ進みだす。背後からキャンキャンとさわぐ声が聞こえたが、フヒトは素知らぬふりを貫いた。


 さして広くもない学都であるから、森をこえるのにたいした時間はかからない。足手まとい(アリス)さえいなければ、それこそあっという間についただろう。



(それにしても……)



 直接、『影』に触れられないアリスも、その影響は受けるらしい。それがなにを意味するのか、フヒトにはわからない。


 難しい顔で考えこんでいたフヒトは、前ぶれなく巻きおこった風に進路を阻まれ、ピタリと足をとめた。猛々しい旋風が、フヒトの髪をさらっていった。


 アリスの声が聞こえない。ということは、この風は極地的なものか。



「……[風織]?」



 いぶかしげにつぶやいたフヒトの前に、青銀色の長髪がひるがえった。


 風の中心へ、音もなくふわりと着地した青年が、キッとフヒトをにらむ。空色のまなざしは、いつになく鋭く険を帯びていた。



「いまさら、なにをしにきた。観測者」



 ゆっくりと口を開いたソウを取りまくように風が収束し、やがて消える。木の葉一つ巻きあげることもないまま、森は普段の落ちつきを取りもどした。


 仮にも『名持ち』に言うことではないが、見ごとな制御だった。他に一切の影響をおよぼさない【権限】の行使というのは、存外難しい。


 そういえば、この双子――当代の[風織]と[焔灯]は、年若さに比して、かなり優秀なのだという。いつだったか、誇らしげにリヴが語っていたことを、フヒトは思いだした。



「どういう意味かな、ソウ」

「立ちされ。お前の出る幕はない」

「……どういう意味だって聞いてるんだけど」



 取りつく島もないソウの言いまわしに、温厚なフヒトもいささかいらだった。


 アリスが現れてからといったもの、無関心でばかりいられなくなって困る。これだけの感情の起伏が自身に備わっていたこと自体、フヒトには驚きだった。



 知ったつもりだった。なにもかも、『知ろうと思えば知れる』というそれだけで片づけていた。


 なんにでも首をつっこみたがる来訪者のせいで、いままで見向きもしなかったことが新鮮に感じるようになった。


 すべてを知っているという考えが、とんでもない驕りであったことを、思いしらされた。



 その変化が、歓迎すべきものなのかどうかは、わからないけれど。少なくとも、いまのフヒトにとっては、アリスの存在は決してマイナスのものではなくなっていた。


 ――あるいはそれさえも、望ましくない変化であるのかもしれないのだけれど。

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