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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
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[8] 悪寒(2)

「外? って、一体、どこに」

「……いこう」

「ちょ、おい、フヒト!」



 とまどうアリスを強引に連れて、監査棟の扉を押しひらく。


 ひやり、とした外気の感触は、『影』の影響によるものだ。肌に染みいるそれは、柔らかくも冷たい。


 長らく感じていなかった気配に、フヒトは少しひるんだ。



(濃密な……『影』だ)



 異形の王、[叡魔]えいまにささぐ癒し。[長庚]ゆうずつがもたらす『影』は、闇の眷属に、得難い安らぎを与える。


 しかし、ヒジリから直々に、『厳密に言えば光の眷属』と断じられたフヒトにとっては、落ち着かない空間だった。



 はじまりは、違ったのかもしれない。

 けれど、いまでは、光の眷属と闇の眷属は、まるで別の種族だ。


 『言名』は、明確に両者を仕分けする。


 信奉しんぽうする王が違う。安らぎを得る状況が違う。そういうものとして、生まれつく。見た目に区別がつかずとも。



「うわー、なんだこれ」



 アリスが、目の前の空間に両腕を差しだす。こぶしを、ひらいては閉じ、たしかめるようになんども手を動かした。



「『影』って、……触れ……」

「密度が高すぎて、流せないんだ。建物やヒトには劣るけど、でも、【権限】で生みだされるものとしては最高峰。[焔灯]の光が熱をはらむように、[長庚]の影は冷気を持ってる」

「えっーと?」

「……感触だけで影響はされないから気にしなくていいよ」



 フヒトは、早々に説明を投げた。


 ――このあたりは、学都に存在してきたモノでなければ、なじみがない感覚だろう。理解しろと言うほうが無茶だ。


 どうせ、影響はない。精神的なものをのぞいては。こればかりは受けとめ方の問題だから、簡単に解消できるものでもない。



「いや、そうじゃなくってさ」



 アリスが、フヒトの腕をつかんだ。


 ――その瞬間、ぞわり、と悪寒が走る。

 思わず振りほどきそうになって、すんでのところで、フヒトはこらえた。



「フヒト?」



 きょとん、と邪気のない瞳を向けるアリスに、フヒトは言葉を返せなかった。



「どう、……して……」



 声が震える。なぜ。頭のなかを、無数の疑問符が飛びかっていた。


 フヒトは、自らの腕をつかむアリスの細い手指を、ぼうぜんと見下ろした。


 ……そこには、そこだけには、有るべき感触が、ない。



「なんで、きみの周りには『影』が無いの」



 アリスの手をとりまく、ほんのすこしの空間。ごくわずかな層だけが、不自然(・・・)自然体(・・・)だった。


 高密度な『影』特有の、ぬめるようにまとわりつく泥のような感触が、途切れている。


 まるで、そこになにかの境界が存在するかのように、ぱったりと。



「なんだよ? 『影』、って、触れないものなのか?」

「違う。いや、違わない、けど、でも……」



 しどろもどろに答えながら、フヒトは、混乱していた。


 本来の『影』は、触れないもの。だけど、いまの『影』は、触ったような感覚を与えるもの。でもアリスの周りには、それがない。



「よくわかんねーけど、いくなら早くいこうぜ」



 つかまれたままの腕を、勢いよく引かれて、フヒトは軽くつんのめる。



「アリス!」

「ごめんごめん。で、どこいくんだっけ?」



 アリスの問いに、すこし考えてから、フヒトは答えた。



「……特異棟」



 ユ=イヲンを、こちらから見つけることは難しい。まずは、白兎ヒジリを追いかけて――すべては、それからだ。



(考える。僕自身の目で、見極める)



 学都DiCe(ディーチェ)に、なにが起こっているのか。


 変化は、受け身のままでは掴めない。『知っていること』が[史記]の存在意義だというのなら、知りにいくまでだ。



「アカリとメイに、会いにいこう」



 反目しあう[焔灯]と[長庚]の姿が、浮かんで消えた。

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