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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
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[7] 悪寒(1)

 敬愛する[調停者]に、警戒されている。いまさらながら自覚したフヒトは、なんとも言えず複雑な気分だった。


 ――信頼してほしいと願うのは、傲慢なのだろう。


 事実、フヒトは言いつけにそむいて、たびたび【自己参照】をおこなってきた。リヴもまた、それを承知している。


 バランスキーパーという立場上、不穏な因子を見過ごすことができないということも、理屈としては理解できる。



 ……けれど。

 [史記]の扱う情報は、過去のものにすぎない。



 それにさえ、『例外』という穴を許す。これから起こること、いま現在の異変にいたっては干渉することさえ許されず、指をくわえてみていることしかできない。



(こんなにも、……無力なのに)



 皮肉に口の端をつり上げたフヒトに、アリスが首をかしげる。



「フヒト?」

「……なんでもない」



 卑屈になっている場合では、ないのだ。


 三位たるヒジリが重い腰を上げるほどの、なにかが起こっているらしい。


 とてつもない異変であるべき『なにか』が、フヒトにさえ悟られず、水面下で進行している。


 ――そしてヒジリは、それが学都の崩壊を招くとまで、言ったのだ。



 明かりとり用のちいさな小窓から差しこんでいた光が、フッと消える。


 巨大な暗黒色の幕が空をおおった。学都全体を侵食し、光という光を喰らいつくしていく、闇色のもや。



「うわ、またかよ!」



 黒真珠の鏡が、それた。いらだたしげに立ち上がったアリスが、散乱する過去の遺物に乗り上げながら、移動する。


 壁際の山へよじ登る背中を目で追いながら、フヒトは溜息をついた。



 単純に切りかえが早いのか、それともまた、仮面を被っているのか。


 いまだに、来訪者のことはよくわからない。喜怒哀楽に満ちた、観察していて飽きない存在だとは、思う。


 つぎつぎになぎ倒されるガラクタがどうなろうが、フヒトは構わない。ただ、気になるのは。



「メイ……」



 ――36度目の、『影』が差す。


 小さな身体で、限度を超えた【権限】を行使しつづける少女を思い、フヒトは顔を歪ませた。



「きみは、また消えるつもりなの……?」



 今代のなかで唯一、影を呼ぶだけの権限を与えられた[長庚](ゆうずつ)。彼女は、どうして消されたのだろう。


 ユ=イヲンの逆鱗に触れて、コワされた。

 ……本当に?


 フヒトが知っているのは、かつてのメイは――『先代の[長庚]は、ユ=イヲンの逆鱗に触れた』という事実のみだ。


 その因果関係など、知らない。



 たとえば、リヴであったのなら、この行動には必ず裏づけがある。


 彼が【宣言】を行使するとしたら、そうしなければならないほどに、どうしようもなく学都が乱れたときだ。


 乱れを正すためだけに、[調停者](ちょうていしゃ)は【権限】をふるい、なんらかの形で不穏因子をとりのぞく。


 フヒトの知るリ=ヴェーダとは、そういう男だ。必要にせまられれば、必ず彼はそうする。それまでの過程で、どれだけ迷おうとも、きっと。



 けれど、[破戒者](はかいしゃ)は違う。


 あれは、気まぐれに学都のいたるところをコワす。致命的でない場所を、ヒトを、好き勝手に書き換えている。


 アリスがきてからは、来訪者にばかり粘着して、ほかに手出しをしていなかった。それもいつまで続くかわからない。


 それに……、それに?



(最後に、ユ=イヲンをみたのは、いつだっけ)



 フヒトの背中を、冷たい汗が伝った。全身が、言い知れない悪寒にざわめく。


 ――そうだ。ユ=イヲンは待っていた。アリスにつきまといながら、待っていた。


 ひそやかに迫りくる崩壊のときを、彼女だけが、予見して。



「アリス、……外に、出よう」

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