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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
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[6] 逃避のゆくえ(2)

 浅緑あさみどりのまなざしが、ゆらりとたゆたう。ゆっくりとまばたきをしたフヒトは、身をかがめて、金色の猫っ毛をかき混ぜた。


 アリスの子どもじみたガードが緩む。おずおずと顔を上げた来訪者に、フヒトは微笑みかけた。



「メイが、[史記]を『時の管理者』だと呼んだのを、覚えてる?」

「え? あ、うん……そういえば、そんなこと」

「きみが学都にオちて、さっきのが35回目の影だ。でも、最近は入れかわりが激しすぎて、これじゃなんの目安にもならないね。そうだなあ。時間の流れをきみの知る単位に沿わせることはできないけど、『一年』に区切って説明することはできる。だいたい二十分の一くらいかな。それだけ、時が過ぎた。……わかる?」



 がばり、とアリスが上半身を起こす。



「に、二十分の一? あー、……365÷20で、えっと、18日くらいってこと、か?」



 両手をかかげて指を折り、途中でどうあがいても足りないことに気づいたのか、アリスは手を下ろした。よほど動転しているらしい。



「きみがそう思うなら」

「なんだよ、それ」



 肩をすくめたフヒトは、ほこりを被った書物卓に腰を下ろした。ぎしり、と古びた木材がきしむ音がする。



「もともと、『時』っていうのは、学都には存在しなかった概念だから。目安になるものもないし、誰も気にしない。でも、[史記]だけは別だ。だから僕が、遠い昔の来訪者が伝えた単位で区切っている。きみの知るそれとおなじだという保証は、ないけれどね」

「一緒じゃねーの、たぶん。よくわかんねーけど」

「じゃあ、そういうことにしよう」



 ふてくされたように頬をふくらませて、アリスはそっぽを向いた。それに、クスクスとのどを鳴らしながら、フヒトは告げる。



「ねえ、アリス。そうやって、聞けばいいんだ。わからないことから逃げる前に、僕に問えばいい。きみの目の前にいるのは、[史記]だ。どうしてリヴさまが僕をきみにつけたのか、わかってなかったんだね」



 どうせ、理解などできやしない、わからないなら知らなくてもいい――と、説明しなかったフヒト自身にも非はある。



「きみがわからないこと。他の誰とも共有できないとまどい。すべてじゃないけれど、僕にはわかるんだよ。たしかに、このセカイの存在はきみの価値観を理解できないけど、そのなかで[史記]だけは、知っている」



 [史記]、とはすなわちそういうものである。


 あるいは先達は異なっていたのかもしれないが、少なくとも今代、いまここに存在する『フヒト』は、そうだ。



「それ、って……」

「僕は、きみの保護者だからね」



 ぱちぱち、とまばたきをくり返した後、へらり、とアリスが笑った。


 くったくのない少年の笑顔。黒真珠のような瞳に浮かぶ歓喜と、全幅の信頼を受けとめながら、フヒトは胸のざわめきが収まっていくことを感じた。


 いつか噛みしめた不快感も、よどんだ感情も、わいてこない。


 ともされたものだな、と苦笑しながら、フヒトは悟っていた。



(ああ……そういう、ことか)



 ――[史記]でありながら『書』ではない。読み手を選ぶだけでなく、自ら記録を【参照】するばかりか……ときに偽り、あざむくことさえも、できてしまう。


 リ=ヴェーダが、フヒトを常に傍に置く理由であり、そして同時に、アリスをたくした理由でもある。


 彼は、かつての[史記]が持ちえなかったフヒトの権限、【自己参照】を――それに付随する【改編】を、危険視している。


 三位の領域で向けられた苛烈な黄金色のまなざしを思いだして、フヒトは、そっと目を伏せた。

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