[4] 異なるモノ
金色頭の小動物を見つけたのは、監査棟の片隅にある、廃れた一室のなかだった。
ほこりにまみれた内装は、雑多に置かれた不用品の山に、その大部分をおおい隠されてしまっている。
戸を動かすたびに響く、すすり泣くようなちょうつがいの悲鳴に、フヒトは顔をゆがめた。なんど聞いても、不愉快な音だ。
監査棟の部屋は、基本的に数があまる。監査議員の人数が、圧倒的に不足しているからだ。主なき空き部屋の多くは、似たような惨状をさらしていることだろう。
訪れるモノがいないからこそ、改善しようとも思わない。ただ、足が遠のくのみだ。そうして、忘れさられた部屋のひとつ。
その中心で、少年はなかば埋もれるようにして丸まっていた。
「アリス……?」
身動きひとつしない、来訪者の様子に、フヒトは漠然とした不安をいだいた。
足が、すくむ。
『本気で気づいていないのか?』
――ヒジリの言葉が、くり返し脳内をめぐる。
もう、崩壊は、はじまっているのだと、『王』は語る。フヒトにはその実感がなかった。
しかし、いまは。
「アリス!」
叫ぶ声には、隠しようもない焦りがにじむ。
ひそやかに迫りくる崩壊のときに、フヒトは、おびえている。
見逃した変化。とりこぼした記録。その穴が拡大していることに、どうしようもなく恐怖を覚える。
(だって、……僕は、なにも知らない)
『聖魔戦争』の終結以来、学都の住人に、本当の意味での『死』が訪れた例は、ほとんどない。
――人ならざるモノに待つのは、『消失』のみである。
情報の劣化。積みかさなる矛盾に耐えかねた身体は、いつか崩壊し、その存在はカタチをうしない溶ける。
劣化をまねく要因は、さまざまあるが、もっとも身近なそれは、『経年劣化』および『逸脱行為』だ。
時が流れれば、自然と終わりは訪れる。
希少な存在であればあるほど、重大な責を負うモノであればあるほど、――三位を例外として――短いサイクルで、代替わりが起こる。
与えられた役割を逸脱した【権限】の行使によっても、劣化はすすむ。『理』にさからうことは、フヒトたちにとって、文字通り身をけずる意味をもつ。
不必要に激しく争いあう、メイとアカリの現状も、そういった面からみて、かなり危険な行為だ。
彼らとて、自覚しているはずだ。
それでも、信奉する『王』を、そして自らの誇りを裏切らないために、彼らは引かない。
『言名』の『真音』を、おなじくするもの。
特殊な例で言えば、メイと先代の[長庚]。
または、『聖魔戦争』当時の[勇聖]と、今代のヒジリのような、系譜に連なる関係。
それはすなわち、いちどセカイに溶けたものが、ふたたびカタチを得た結果である。
……しかし、それは、学都の常識だ。異物たる『来訪者』に、どこまで適応されるのか、フヒトにもわからない。
そもそも、来訪者というものの本質を――フヒトは、理解していない。その術がない。
セカイに混入した異物、とだけ定義される来訪者は、あまりにも不確定。それゆえにカタチを持たない。
ところが、アリスは、その前提をくつがした『例外』だ。理解のおよぶ範疇にない。
――まるで、ユ=イヲンのように。
意を決して、フヒトが、小さな少年の身体に手を伸ばしたときだった。
「わ!」
がばり、と勢いよく身を起こしたアリスが、正面から飛びついてくる。
予想外の襲撃に、なす術もなくフヒトは床に転がった。
いたるところに積みかさなるガラクタのひとつに、後頭部をぶつける。背中もなにか硬質なものに打ちつけられて、じんじんと痛みだした。
「――どうだ、驚いたか? フヒト」
もろとも倒れこんだ体制のまま、頭上で得意げに笑う来訪者を、フヒトは全力で殴りとばした。




