[4] もう1人の絶対者
ランダムに、しかしある程度の間隔をあけて、不規則な周期でおこなわれる『ダイス』。
その結果、商業区も工業区も居住区も、でたらめに入りまじって、巨大な迷路と化す。
ユ=イヲンは、ときに天地さえ無視して『組み替え』、そして飽きたころに『適当』にもどす。そのせいで、学都においての地理情報は、常にあいまいで役にたたない。
(このあいだ、もどしたくせに……早すぎる)
やっとのことで覚えなおした配置が、もう意味をなさない。それどころか今回は、いままでになく酷いありさまだった。
足もとに現れた石畳の先に、アリスの姿はない。かわりに、どこからか動かされてきたらしい人影が、一人、二人。
右手には、工業区のはずれにあった倉庫。見上げれば、学園の門。
その先に待ちあわせの丘を発見したフヒトは、倉庫の壁に踏みだして体重をのせた。
そのまま自然に壁面を歩き、横転する門に手をかけると、ひょい、と身体を持ちあげ――次の瞬間には、学園の敷地内に降りたっていた。
頭上に広がる石畳には目もくれず、柔らかな草を踏みしめながら、フヒトは[調停者]の姿を求めて視線をさまよわせる。
――そして、とらえた。
「リヴさま」
丘の頂上に根を下ろす大樹のもと、幹に背中をあずけていた青年が、ゆったりと身をおこす。
頭頂部でまとめられた、艶やかな青藍の髪。彼の挙動にあわせて、かんざしの飾りが揺れ、かすかな音をたてた。
「フヒトか」
「申し訳ありません。少々面倒がありまして、遅くなりました」
「そのようだな」
精悍な容貌に苦笑を浮かべた青年、リ=ヴェーダは、つかれた様子であたりを見まわした。
「派手にやったものだ。[史記]が巻きこまれれば、ひとたまりもないだろう。大丈夫か?」
「いえ……」
言いよどむフヒトを、黄金色の双眸がとらえた。
こうして、穏やかながら強いまなざしを向けられるたび、言いしれない緊張感がフヒトを襲う。
[調停者]をあなどるクラスメイトに、体験させてやりたい。常々そう思っているのだが、肝心のリヴにその気はないようだった。
態度を改めさせる気がないどころか、しかたないこととして受けいれている。
――それが、フヒトには口惜しい。
「彼は、僕を隔離しますので」
「ああ、お前はユイに気にいられていたな」
「不本意ながら」
表情を消して、不愉快だとばかりにつぶやくフヒトを、リヴはとがめることもなく笑った。
奇特なことに、[調停者]が[破戒者]と友人関係にあるらしいことは、周知の事実である。
一体、どうしたらあの変人とつきあえるのか。フヒトには、理解に苦しむ。
落ちついた雰囲気をまとうリヴと、少年のようなユ=イヲン。彼らが同時期に生まれたこと自体、フヒトはいまだに納得できずにいる。
「リヴさま。ひとつ、ご判断をあおぎたい案件が――どちらへ?」
アリスの件を伝えようと、あらためて口をひらいたフヒトは、学園の敷地外へ向けて歩みだしたリヴの背に問いかける。
「これではまともに生活できんだろう。やりすぎだ」
「では」
「戻させる。しかし、今回はやたら張りきっていたからな……聞くかどうか」
「――もしもの、場合」
【宣言】を……? ほとんどひとりごとのようなフヒトの言葉に、リヴは、答えなかった。
(聞こえなかったのか、それとも)
徐々に遠ざかる長身を、複雑な思いで見送ったフヒトは、逡巡のすえに後を追って走りだした。