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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
48/115

[1] ひそやかに迫りくる(1)

 監査棟の外階段をのぼり、フヒトは、もうしわけ程度の柵に囲まれた屋上へと、足を踏みいれた。


 時を重ねてなおもそこなわれない、香木の香りが、鼻をくすぐる。


 頭上では、[焔灯]ほむらびのつかさどる光球が、煌々と輝いている。


 一刻前までは、『影』が差していたのに、もうこんなにも明るい。当代の『名持ち』――メイとアカリは、いまだに意地の張りあいをつづけているようだった。



「ああもう、せわしないな……!」



 一般に、光の眷属は[焔灯]の守る昼を好み、闇の眷属は[長庚]ゆうずつのもたらす影に安らぐのだと言う。


 まさに、原初の[勇聖]ゆうせい[叡魔]えいまの嗜好そのままに。


 しかし、そのいずれにも属さない、フヒトのようなモノにとっては、めまぐるしい覇権争いなど、うっとうしいだけだ。



 大きく息を吐いたフヒトは、定位置になりつつある一角に腰を下ろすと、目を閉じて年季の入った柵に背をあずけた。


 緑青ろくしょう色をした二房の長髪が、床の木目に流れる。


 学都DiCeには、『来訪者』の語るような、天候の変化がない。『雨』や『嵐』などは、決して起こり得ないし、そもそも『雲』ですら存在してはいない。


 災害といえば、ユ=イヲンのおこなう『ダイス』くらいのものだ。



(もし、そんなものがあったとしたら、学都ディーチェはひとたまりもないだろうな)



 フヒトたちが根城にしている監査棟は、『聖魔戦争』の終結後、まもなく創られたものだ。


 当時の[調停者]ちょうていしゃの【宣言】により、戦火に焼かれたこの地は、またたく間に再建されたという。


 いまの学都の心臓部である『学園』が、先代の[調停者]が織りあげた、精巧な芸術品であることを知るモノは、もうほとんどいない。


 代替わりの早い『特異職』にいたっては、皆無と言えるだろう。



 ――だからこそ、彼らは[調停者]をあなどれる。



 『最高権力者』とは、単に地位を示す称号ではない。【宣言】という、そらおそろしいほどに精密で、強固なことわりをつむぐ【権限】に対する畏敬の念が、そこにはあった。


 ましてや、その対象は、『例外』を除くすべて。この学都の『王』たる、[勇聖]や[叡魔]であっても、[調停者]の【宣言】には従わざるを得ない。


 あまりにも、いまの民は無知だ。


 【宣言】がおこなわれないことに慣れきって、その偉大さを忘れている。彼らの信奉する『王』たちは、いずれも、理解しているというのに。



「ずいぶんと不機嫌そうだな、フィーちゃん?」

「……なぜ、こんなところにいるんですか、[勇聖]」



 いぶかしげに見上げるフヒトの視線を受けて、[勇聖]――ヒジリは、くつり、とのどを鳴らした。



「すこし、野暮用があってね。ついでだから、『保護者』の顔でも拝んでいこうかと」

「そうですか。おひきとりください」

「本当に敬意をはらわないねえ、お前」



 深緋こきひの瞳は、愉快そうに細められ、藍白あいじろの短髪が光を反射して、まぶしいくらいだ。



 『かの方の勇の下には、あまねく照らす輝きこそが相応しい』



 ――フヒトは、はるか昔、原初の眷属たる[焔灯]が語った言葉を思いだした。


 先日、当代の『名持ち』であるアカリも似たようなことを言っていたが、まさにその通りだと思えなくもない。


 燃えさかる業火のような鮮烈さで人々を魅了し、ひきいてきたヒトの『王』は、輝く光の下でこそ、真価を発揮する。


 異形の『王』たる[叡魔]が、穏やかな闇のなかでこそ、その深遠なる知識を生かしきることができるのと同様に。



 合わせ鏡のような、二人の『王』。

 [勇聖]が『動』であるならば、[叡魔]は『静』だ。


 対立し、補いあい、ここまで民を導いてきた。対照的であるがゆえに、あいいれない、その間をとりもってきたのもまた、[調停者]だ。



(――なのに、リヴさまは表舞台に出ようとされない)



 ぎり、と歯噛みしたフヒトの表情を観察しながら、ヒジリは、大げさなしぐさで肩をすくめた。



「まったく、どいつもこいつもらしくない。お前まで踊らされてどうするんだ、[史記]」

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