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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第三話*観測者と特異職
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[21] 真実を騙る書(2)

 意味がわからない、とフヒトは眉をよせる。


 ユ=イヲンの言葉はまるで、[史記]にあつかえない情報――まさに彼女自身のような――を、根本から否定しているようにさえ聞こえた。



「そうだよ、存在しちゃいない……俺も、あの子も、……フェンも」



(ふぇん?)



 独り言のように、小さく漏らしたユイの表情を、うかがうことはできない。


 聞きなれない名称に首をひねったフヒトの視界は、すでに大きくひしゃげ、あまたの色形が氾濫をおこしはじめていた。


 『ダイス』により乱れた情報のなかを、不釣合いにクリアなユ=イヲンの声が渡ってくる。



「――大丈夫だよ、フヒト。きみが真実をうしなうことなんて、ありえない。真実のほうが勝手に寄ってくるんだから」



 なにが言いたいんだ、と聞きかえすこともできないうちに、フヒトの意識は、闇に落ちていった。



 つぎにまぶたを開けたとき、そしらぬ顔ではためく自室のカーテンをみつめて、フヒトは立ちつくしていた。



「なんなの、もう……」



 毒づきながら、もたれかかったソファで、フヒトは沈黙につつまれた部屋の居心地のわるさを思いだした。



(ああ、アリスを探しにいかなくちゃ)



 あの、やかましくて子供じみた、まっすぐな少年ならば、この胸に詰まった閉塞感を、忘れさせてくれるような気がしていた。



 疲弊したフヒトの精神が回復するよりもはやく、監査棟二階のドアは押しひらかれた。



「フヒト!」



 考えずともわかる。犯人は、なんど言っても聞かずに、ノックするひまさえ惜しんで飛びこんでくる、来訪者だ。


 身をおこすことさえ億劫で、フヒトは苦言をていすることをあきらめた。



「帰ってたのか! すげー探したんだぞ、俺」



 ばたばたと駆けよってくるアリスに、変わった点はみられない。



「メイなんて、ずっとふるえてて……なあ、一体、なにしたらあんなおびえるんだよ。本当にユイがやったのか? 十年前っていったら、あいつだって――」

「ユ=イヲンだよ」



 間髪いれずに応じたフヒトに、アリスは、とまどったように言葉をのんだ。


 心なしか、みひらかれた丸く大きな黒瞳を、横眼で静かに見すえながら、フヒトはつづけた。



「[長庚]を【破戒】(コワ)したのは間違いなくユ=イヲンだし、[破戒者]でもなければ、できない」



 とりつく島もないフヒトの答えに、アリスは、ギッと歯を食いしばる。



「でも……。コワすって、どういうことなんだ。……ユ=イヲンって、結局なんなんだよ」

「前にも言ったけど、あれは『例外』。僕らの基準じゃ測れないモノ――残念だけど、アリス。僕も知らないんだよ」



 『ことわりのっとって律を破る』。


 ユ=イヲンがコワしたモノは、後にゆがみを残さない。セカイという枠組み自体を変質させて、その存在がなくとも成りたつようにしてしまう。


 ……それが、【破戒】(はかい)という権限ではないかと、フヒトは考えている。



(でも、さっきの火球は)



 あれは、消えうせた。いかなる代用もないまま、生じるはずがないが生じた。


 ゆえに、あの一瞬――なにが起こったのか、フヒトにはまるで理解ができなかった。



「……僕は、きみが思うほど優れた存在モノじゃない。すべて・・・を知っているのに無知で、権限ちからを持たないわけではないのに、ひどく無力だ」



 『知ること』『伝えること』それがすべてなのに、それさえ満足にできない。


 セカイそのものを記した『書』とされながら、あつかえない情報がある。理解できない事象がある。


 [破戒者]はフヒトの存在を、その意義を、容赦なく奪いさる。

 ――ただそこに在るという、事実だけで。



「フヒト……?」

「きみに言ったってどうにもならないことだね、ごめん」



 どうかしている、とフヒトはひとり、かぶりを振った。


 まっすぐに向けられる、なんのふくみも持たないアリスのまなざしが、突きささるような、かすかな痛みを生む。


 眉をひそめてすぐ、フヒトはそれが『感じ方』の問題であることに気づいた。



(僕が、この程度の影響を流しそこねるなんて)



 アリスがオちてきて以来、なにもかも乱されてばかりだ。

 これまで十六年間、なにひとつ、疑いも迷いも、いだいたことなどなかったというのに。


 ――そのどちらが異常なのか、すでにフヒトにはわからなくなっていた。


 逃げるように視線をそらした窓の外では、いつのまにか、また覇権をとりもどしたらしい『影』が、静かに学都を包みこみはじめていた。

第三話*観測者と特異職<了>

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