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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第三話*観測者と特異職
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[20] 真実を騙る書(1)

「はなせ、この、イカれ猫!」



 腕のなかから、のがれようと、フヒトは手足をバタつかせて暴れる。すると、ユイは、思いのほかあっけなく身体を解放した。


 あわてて距離をとったフヒトは、周囲の景色を観察する。個性のない倉庫群と、足もとに広がる石畳。



(――工業区。の、どこ?)



 『ダイス』あれ以来、学園内から出ていないフヒトには、目の前のありふれた風景から正確な居場所を推定することは、難しい。


 いっそ、【自己参照】してしまおうか。


 すぐさま湧きあがってきた欲望と葛藤するフヒトの思考に、愉しげな[破戒者]の声が割ってはいった。



「ひどいなあ。俺は、親切で連れてきてあげたのに」

「……信じがたいほど似合わない単語が聞こえた。幻聴か」

「し・ん・せ・つ。――あのまま、あそこにいたら、きっとリヴに怒られるよ? 『監査議員』さん」



 くすくすくす。ユ=イヲンは、ほほ笑みながら揶揄する。


 フヒトはわかっていた。きっとリヴは怒らない。

 ただ、あの穏やかながら強い黄金こがね色の瞳は、容赦なくフヒトをつらぬくだろう。


 [史記]がどういうものなのか、彼は知っている。その上で、フヒトの存在を受けいれ、ときに利用し、ときに導いてきたのだ。



 『【改編】をおこなうな』



 ――つねになく厳しい声で告げられた諫言が、フヒトの脳裏をめぐる。



 『もちろんです』



 答えた言葉に、嘘はない。



(だから、……僕は)



 ためらいながら、ひらいた視界の片隅。気まぐれな猫のように、のどを鳴らして、ユ=イヲンの瞳は三日月型に細まった。



「きみは本当に、きまじめで、かわいいねえ。オトモダチが、からまれても、かばわない。オナカマの危機でも、助けない――ああ、責めているわけじゃあないんだよ?」



 顔をそむけたまま、手のひらに爪を食いこませるフヒトを、闇色の片眼は無情に映しだす。


 ひょうひょうとした笑みとは、いささか種類の異なる、ふくみを持った表情を貼りつけて、ユイはつづけた。



「だって、きみはソウイウモノだ。生きた歴史書。観測者。いろいろ言われちゃいるけれど、一番しっくりくるのはやっぱり」

「――傍観者」



 しぼりだすようなフヒトの声に、ユイは、勢いよく両の手をあわせた。



「そう、それ!」

「お前に、僕のなにがわかる」

「……わかると思うけどね? すくなくとも、リヴよりは」



 冷めたフヒトの声色を、まるで意に介さない様子で、ユイは肩をすくめた。あいまいに持ちあげられた口の端が、フヒトの神経を逆なでする。


 ぴくり、と眉を動かしたフヒトを、彼女は鼻で笑った。



「ねえ、フィー。きみの存在理由はなに?」

「僕は、……[史記]は、己を媒介として『記録』をたくわえ、他者に【参照】されることにより……それを、伝える」



 いわば、読み手に、【参照】という権限を貸しあたえるモノである。


 本来、[史記]自身には、なんの権限もない。[史記]は、ただの記録媒体であり、『書』にすぎない傍観者だと……誰よりもフヒト自身が、よくわかっている。



「違うよ、それは[史記](きみ)の定義だ。きみには【権限】があるでしょう」

「な、に?」

「きみは【自己参照領域】を広くもっている。それは真理であり必然だ。与えられたのなら行使すべきだよ」

「僕に……【改編】をおこなえっていうの」



 低くうなったフヒトの浅緑あさみどりの瞳が、常にない険を帯びて、[破戒者]をにらみすえる。


 それにまた、おもしろそうに、のどをふるわせて、ユイは応えた。



「そうは言ってないじゃない。フヒト、きみは[史記]だ。きみこそが真実、きみこそが歴史。――それ以外なんか、存在しない・・・・・んだ」

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