[18] 秩序の番人
吹きやんでいた風が、不意に、息を吹きかえす。
「風が……」
とつぜん、制御をとりもどした主――ソウのとまどいを反映するように、リ=ヴェーダのまとう衣が、ふわりと浮きあがってゆれた。
ユ=イヲンの支配が、薄れたことを知る。
「す、げぇ――」
「アリス」
さきんじて、フヒトは、好奇心おうせいな来訪者にクギを刺した。
瞳を輝かせていたアリスは、メイに袖をひかれ、不服そうに口をとがらせながらも、しぶしぶ言葉をのんだ。
[調停者]は、学都における最高権力者でありながら、『王』ではない。――いわば、秩序の番人だ。権限をもちいずとも、この程度の『乱れ』は、その存在だけで正してしまう。
(たとえ権限を放棄されようとも……『そういうもの』であることは、変わらない)
ごくり、とつばを飲みくだしたフヒトを一瞥さえせず、そのわきをすり抜けて、リヴは渦中へと足を踏みいれていく。
「……、リ=ヴェーダ」
どこかおよび腰で、微妙な表情を浮かべながら呼びかけたソウに、リヴは立ちどまり、寄りそう双子へと無造作に視線を投げた。
「お前たちは散れ。これの逆鱗に触れれば、ろくなことにならんぞ」
「ありがとう、ござい……ました……」
非礼をとがめることもせずに、事務的な忠告をよこした[調停者]へ、[風織]は歯ぎれのわるい礼をかえした。
そのまま、うつむいて視線をあわせようとさえしない片割れを、むりやり引きずるようにして、ソウは足早に別棟のなかへと消えていく。
「あ、おい――!」
追いかけようとしたアリスを視線で制して、フヒトは、内心口惜しい思いをかかえながら、双子を見送った。
(これが、[調停者]と特異職の現状だ……)
グッとこぶしを握ってやりすごしていたフヒトの意識に、少年じみたハスキーボイスが割ってはいった。
「――ずいぶんと」
口火を切ったユ=イヲンが、皮肉に唇をゆがめる。
「まどろっこしい真似をするんだね」
つかの間おとずれた、痛いほどの沈黙。そのなかで、青藍の髪を飾るかんざしの装飾が、風にゆられて、かすかな音をたてた。
「……。そもそもは」
短い嘆息のあと、低く落ちついたリ=ヴェーダの声が応じる。
「お前が、まどろっこしい真似をするからだろう、ユイ。[破戒者]と知って、うかつに手だしするモノはいまい」
「それで? 俺に、なんのメリットがあるっていうの」
心底くだらない、とでも言いたげに、ユ=イヲンは鼻で笑った。
無言で、彼女へと向きなおったリヴの黄金色のまなざしが、ひょうひょうとして底のみえない紫黒の瞳を、真正面から、とららえる。
――そうして、ふたりの絶対者は、対峙した。
まじわった視線の延長線上。いっそ音が立ちそうなほどに張りつめた空気のなかで、ユ=イヲンは、くつり、とのどを鳴らす。
「ああ、怒らないでよ、リヴ」
おどけた[破戒者]の言葉に、やはり短い嘆息だけを返して、[調停者]は静かに問う。
「なにをしていた、ユイ」
「なぁんにも。きみが気にするようなことは――」
「いい加減、そのセリフは聞きあきた」
ゆるりと口の端をつり上げたユイから、一瞬たりとも目を離さず、リヴは告げる。
「答えろ、ユ=イヲン――お前は、なにをたくらんでいる?」
刹那。不自然な無音が、耳を打つ。
ふたたびおとずれた静寂のなかで、リヴの黄金色の双眸が、強い輝きをみせていた。




