[15] 絶対者は嗤う(2)
感情の読めない無表情のなか、闇色の片眼だけが獰猛に輝いている。ごくごくかすかに持ちあげられた口もとが、みるものの恐怖心をあおってやまない。
いっそのこと、嘲笑を浮かべてくれたほうが、まだ精神に優しいとさえ思う。
ぬいとめられた視線が、はずせない。あわだつ肌をおさえることもできずに、フヒトは凍りついていた。
「ユ=イヲン……、アリスが、嫌いなんじゃないの」
「だぁい好きだよ? ぐっちゃぐちゃにコワしたくなる」
ユイの表情は崩れない。
つまり嫌いなんだろう、と毒づいたフヒトの内心はしかし、気圧され萎縮した口から漏れだすことはなかった。
かわりにため息をこぼして、つづける。
「……。なら、どうして」
「なあに? なんのことなのかわかんないなあ」
「あんたにしかできるわけっ――」
とっさに声をあらげたフヒトは、そのまま中途半端に言葉を呑みこんだ。
「[史記]がそう思うならそうなんじゃない」
感情のこもらない声をかえして、[破戒者]は、いちどもフヒトのほうをみない瞳を、細めた。
その視線のさきでは、硬直していた当事者たちが、我にかえりはじめていた。よほど余裕がないのか、いまだ彼らは、ユ=イヲンの存在に気づいていない。
――ふと、こちらを振りむいたメイの瞳が、丸くみひらかれる。
すでにいちど、ユイに遭遇している闇呼びの少女は、その正体を考えるまでもなく悟ったのだろう。あからさまに表情が、こわばっていた。
一方、アカリは、混乱のさなかにいる。
「い、きなり、なにすんだよ!」
「なに……、お前、一体――」
アリスの抗議も耳にはいらない様子で、橙色の頭をかかえていたアカリは、途中で深く考えることを放棄したらしい。
キッとアリスをにらみつけると、ふたたび攻撃の意思をみせる。
「たかが異分子のぶんざいで……!」
さきほどよりも、はるかに速い。
まさに、なりふりかまわず熱のかたまりを生成する[焔灯]に、さすがのアリスも頬をひきつらせる。
そうして、二度めの火球が完成する間際、――ユ=イヲンは、動いた。
無言でふたりのあいだに割りこんだ、黒ずくめの少年。その正体を知るよしもないアカリは、盛大に顔をしかめる。
「どけ! じゃまするなら、あんたも燃やす!」
「あ、ははは! ……そう」
いきりたつアカリを笑いとばしたユイの口もとが、ゆるりと、弧を描く。
これからおとずれる惨状を予測して、フヒトは、肩をすくめた。
青ざめたメイが、すがるようなまなざしを向けてくる。
それでもフヒトは、[史記]は、動かない。――動けない。
「驕るなよ。忠誠と妄信を、はきちがえた愚者が」
冷徹ともとれる口調で、[破戒者]が吐きすてた、その瞬間。
――どこからともなく、風が巻きあがった。




