[14] 絶対者は嗤う(1)
「え、……?」
フヒトは、気の抜けた声が口から漏れだすことを、止められなかった。
限界までみひらいた緑青色の瞳に、とりつくろいようもない驚愕があらわれる。
なにが、起こっているのか。
いま、目の前に存在する、モノは、なんだ。
脳内を、答えを得ようもない問いが、際限なく駆けめぐる。
フヒトは、[史記]だ。かぎりなくすべてに近い、ほとんどの物事を『知って』いる。
例外であるユ=イヲンの介入なくして、その予測がくつがえることは、まず起こりえないと言ってよかった。
学都に存在するモノの在り方は、定められているのだから。
『言名』の示す範疇から、大きくはずれることなど、ないのだから。
(どうして)
さきの、一瞬。
アリスに触れる直前で、とつぜん存在がゆらいだ火球は、あっというまに肥大化し――そして、はじけた。
まさに爆発的な散逸と呼べるような、激しい反応だった。
にもかかわらず、フヒトの立つ地点には――そしてすぐ近くまでせまっていたメイにさえも――なんの影響も、およぼされなかったのである。
わずかな熱も、大気のゆらぎも、そこには存在しなかった。
かつて火球が在った痕跡など、どこにもない。
あれだけの情報量をまとったかたまりが、またたく間に『うしなわれた』――それは、理に縛られたこの地において、あまりにも異質なことであった。
あとかたもなく消えさった名残ともいうべき、不自然にひらけた空間が、物語る。
これまで、[破戒者]が、たびたびおこなってきたような……変質させるなどという、なまぬるい現象ではない。
いま、フヒトたちが眼にしたのは、理を無視した一方的な破壊だ。
かつてない衝撃に、うちふるえるフヒトの隣で、黒をまとう少年のような少女は、クスリ、と微笑をもらした。
戦々恐々としながらユ=イヲンの表情をうかがったフヒトは、大部分をおおい隠された、その奥にひそむ作り物めいた美貌に、絶句した。
――[破戒者]は、嗤っていた。




