[13] 焔灯と長庚(4)
メイを背にかばったアリスが、びしり、と、ひとさし指を突きだしながら、鋭く声をあげる。
「特にあんた! さっきから言ってること滅茶苦茶だろ」
「うるさいな。……じゃまするの? 関係ないでしょ、きみに」
いらだたしげに橙の髪をかき乱しながら、一歩、アカリがせまった。
どこか余裕をもった表情ながら、黄色の双眸には、部外者に水を差されたことに対する、静かな怒りが浮かんでいる。
それを意に介したふうもなく、アリスは言いつのる。
「許せないもんは許せない。俺にはあんたの言い分が、ぜんっぜん理解できないし。だいたいさあ、[叡魔]に望まれたから――っていうメイもメイだけど、あんたにいたっては、勝手にふさわしいだのなんだの、わめいてるだけじゃねーの。[勇聖]――ヒジリだっけ? あの人がそんなん気にするようにも思えねーんだけど」
アリスの口からヒジリの名がでた、その途端、一転してアカリは顔をゆがめた。
(……ああ、まずいな)
一般に、[勇聖]に対する[焔灯]の執着は、簡単には推しはかれないほどに、強い。なかでも当代のアカリは、ヒジリという個人に対して、狂信じみた忠誠をもっている。
軽はずみな気のある言動に目をつぶるなら、あれはたしかに王たる者だと、フヒトとて評価している。
自分の、そして、周囲の使い方を、よく心得ている。
強引な行動力でもって牽引する、求心力に優れた王。
典型的な[勇聖]の在り方だが、ヒジリの場合は、とくにそれが顕著にあらわれていた。光の眷属などは実質、大なり小なり、彼の信奉者である。
「なにも、しらない、……子どもが」
周囲の気温が、急激に上昇をはじめる。
それをいちはやく悟ったフヒトは、静かに両目を閉じた。無防備なアリスをかばおうと、メイがあわてて動く気配がする。
(でも、……まにあわない)
メイには、光を呑みこむことができても、生まれた熱を消しさることはできないだろう。
彼らの【権限】は、完全な対をなしているわけでもないのだから。現状、優先順位に劣る[長庚]に、あれを打ち払うことは、できない。
燃えさかる火球――そのイメージを付加された熱のかたまりが、アカリの頭上で煌々と輝いていた。
[焔灯]は、熱と灯りの管理者。
局地的な変化しか起こしていないあたり、理性は残っているようだが、激昂していることには違いない。
よりにもよって、アカリの地雷を踏みぬいた、アリスがわるい。
このまま、全力であれをぶつけられたら、一体どうなるのだろう。光の副作用さえ、ろくに流せないような、アリスは。
……一歩、踏みだしかけた右足をぐっと踏みしめて、しかしフヒトはその場に留まった。
「――みないの?」
耳もとで、[破戒者]が、ささやく。
それは、喜悦に満ちた声色。さぞかし愉しげな笑みを浮かべていることだろうと、フヒトは眉をひそめた。
「ほら、みてなよ、[史記]」
おもしろい見世物なんだから。そう告げたユ=イヲンの真意を探るよりもはやく、熱気が、一層高まる。
たまらず、フヒトがまぶたを跳ねあげた直後、悲鳴じみたアカリの叫びが響いた。
「あの御方を語るな――!」
極度に凝縮された火球が、眼をみひらいて固まっているアリスに目掛けて、一直線に放たれ、そして。
――火球は、爆散、した。




