[12] 焔灯と長庚(3)
「かつて、いちど、[長庚]は譲った」
「たりないね。お前が存在するかぎり、なんどでも『影』は訪れる。俺は、一遍の曇りもゆるさないよ」
「いくたび、打ち払われようとも、誰に望まれずとも、[叡魔]が望むかぎり、ワタシは――」
「『王』は、ふたりもいらない!」
メイの言葉尻に重ねるように、アカリは、紛糾した。
さすがの[長庚]も、それを聞きながすほどに温厚ではない。やわらかい亜麻色の瞳が険を帯びると、それぞれの王を信奉する『特異』同士のいさかいは、いよいよ緊迫感をともないはじめた。
にじみでるあきれを隠そうともせず、かといって口をはさむでもなく、フヒトは、静観を貫いていた。
ふと、横に流した視線のさきで、そこにたたずむ少年――アリスの表情に、息をのむ。
(アリ、ス……?)
ふわりと、金色の猫っ毛が、ゆれる。
張りつめた空気のなかを、ためらうことなく駆けだしたアリスは、にらみあうアカリとメイの間へと飛びこんでいく。
その背をつかもうと、なかば衝動的に伸ばしたフヒトの右手は、くうを握った。
……もとより、止める理由も、ない。
どうして動いたかもわからない右腕をゆっくりと下げながら、フヒトは、思いのほか動揺している自分自身に、とまどった。
よく言って、天真爛漫。ひねくれた見方をするなら、子供じみた。――そう、思っていた少年の後姿が、遠ざかる。
「いい加減にしろよ、お前ら!」
いきどおりをふくんだアリスの怒号が、大音量で鼓膜をゆらした。
ピタリ、と口論を止めた二人の視線が、中央にたつ小柄な少年へと、つき刺さり――まるで気圧されるように、沈黙をたもったままの表情を、固める。
ぼうぜんと、フヒトは、その流れを眼で追って――すぐかたわらにあらわれた異質な気配に、肩をゆらした。
はじかれたように移した視線のさきで、簡素な衣装をまとい、長い前髪で顔を隠した、どこか不気味な黒ずくめの少年が笑う。
「あれはきみが思うほど、無力でも、無害でもないよ、フィー」
耳元に落とされる、やや高めのハスキーボイス。ぞくりと、背筋がふるえた。
「ユ=イヲン……」
「なぁに? 化け物でも見たような顔して。俺が、いつどこにいようと、いまさら驚くことでもないでしょう。それよりさ。ほら、みてなよ」
瞠目するフヒトを一瞥して、クツクツ、クツクツと、絶対者は、のどを鳴らす。
前髪のすきまから、わずかにのぞく、吸いこまれそうな闇色の片眼。そのなかで、[長庚]と[焔灯]に食らいつくアリスの姿が、ゆらゆらと揺れている。
「口ではどう言ったって、否定されたくないんだよ、あれは。誰かに、世界に、本当は受けいれられたくてたまらない。ふふっ――とってもカワイソウだね」
ユ=イヲンの口の端が、ニィ、と上がり、嘲笑じみた形をとる。
そっと視線をはずしたフヒトは、言葉もなく、貼りつけた無表情のまま、争いの中心へと向きなおった。




