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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第三話*観測者と特異職
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[11] 焔灯と長庚(2)

 目の前をおおっていた白黒のカーテンが消えさり、いつもどおりの別棟の姿が、あらわれる。


 そびえ立つ石造りの重厚な棟を見上げながら、フヒトは、ようやくアリスの右手を解放した。



「目がチカチカする……まだ痛え」

「本当に?」



 眼をおさえてうめくアリスを、フヒトの浅緑あさみどりの瞳が、射ぬく。



「そりゃ、まあ」

「痛いはずない。きみはなんの影響も受けてはいない。そこには光があり、そして影があった。……それだけだよ、アリス」



 ゆっくりと、言いきかせるように、フヒトは言葉をつむぐ。



「は……?」



 アリスの黒眼が、困惑に揺れた。



「――痛みなんて、存在しない」



 もういちど、強く断言したフヒトに、アリスの瞳は、いよいよ丸くみひらかれる。



「存在、しない……。あ? あれ。そんな痛く、……ない?」



 たしかめるように、まぶたのうえから、アリスは、なんども両眼をおさえる。その様子を、フヒトは、静かにみまもっている。


 ……数秒の後、なんでなんともないんだ、と、アリスは眉をひそめてつぶやいた。



「それが『流す』ってことだよ。受ける影響は、意思ひとつで大きく変えられる。覚えておいたほうがいい」



 疑う、では、たりない。そうである、と断言し、現象として固定する必要がある。


 そうやって、相手がもたらした情報が、カタチとして顕現してしまうまえに、すこしだけ干渉するのだ。


 もっとも、どう考えたってアリスは流すことに不向きなたちで、たいした効果は望めないだろうとは、思う。


 フヒトは、ため息を吐いた。



(来訪者は定着度も低いし、仕方ないか)



 不出来な生徒に、ていねいな指導をする気もおきない。頭を抱えだしたアリスは、そのまま捨ておくことにする。


 そして、フヒトは、光のなかからあらわれた少年のほうへと意識を向けた。



「あーあ、じゃましてくれちゃって。まったく、あいわらず地味な色してるね、ちびすけ。俺、その色大っ嫌い」



 くるくると巻かれただいだい色の髪。自然にふくらむそれを、乱雑な手つきでかき乱しながら、少年――[焔灯]は毒づく。


 あざやかな黄玉に映る、いらだち。キッとつりあがった目尻に、気の強さがにじんでいる。



「ワタシはそういうものだよ」



 きょとん、とした表情で首をかしげるメイを、憎々しげに、アカリはにらみつける。


 そんな二人の様子をみて、やれやれ、とフヒトは肩をすくませた。――これだから、『特異』同士の接触は、厄介なのだ。



「ふーん、まあいいや。どうせお遊びだし。俺からのあいさつ替わりだよ。――で、本題」



 言いながら、メイに歩みよったアカリは、にっこりと笑いかけた。


 わざとらしい、ほほ笑みに、メイの表情がくもる。



「ねえ、[長庚]。復帰そうそう、わるいけど。影、呼ばないでくれる?」



 アカリの黄色い双眸が、ゆらりと、またたいた。


 [調停者]の深みのある輝きとは異なる、直截的で鮮烈な印象をいだかせる光。あれは、熱と灯りをつかさどる、[焔灯]特有のものだ。



「……できない」



 ややあって、ゆったりと、かぶりを振ったメイは、簡潔ながらハッキリと拒絶を示した。


 アカリの表情が、消える。



 このあと、どういった展開が訪れるのか、フヒトには、すでにわかっていた。


 台頭しはじめた、二人の王。[勇聖]ゆうせい[叡魔]えいま。それぞれに、もっとも早く膝をついた『原初の眷属』こそが、[焔灯]と[長庚]である。


 ――それは、いくどとなく、くり返されてきた、光と影のせめぎあい。


 もとをたどれば、聖魔戦争さえ、両者の争いに端を発したものであったという。根深いどころの話ではない。



「おとなしく従いなよ、ちびすけ。ヒジリさまには、あまねく照らす輝きこそ、似合う。かの方の勇のもとに、くぐもった『影』なんて、ふさわしくない」

「かつて、[叡魔]が望んだ。それだけで十分。知性あふれるかの方には、穏やかな安らぎの闇こそ、必要。だから、ワタシは譲れないのだよ」



 亜麻色の瞳と黄色の瞳が、音をたてそうなほど、激しくぶつかりあう。



(また、はじまった……)



 もう、どれだけくり返されたか、わからない。フヒトにとっては、嫌というほど覚えのあるやりとりを、冷めた瞳で眺めつづていた。


 しかしながら、その場には、ひとつだけ予想外の点があった。


 [史記]以外の第三者――アリスの、存在である。

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