[10] 焔灯と長庚(1)
網膜を焼くような強い光が、視野一面に広がっていた。
ぎゃあぎゃあとさわぐ、アリスの声が聞こえる。おそらく、この場にいる全員がおなじ状況にあるのだろうと、フヒトは推測した。
「フヒト、いる? メイは? つか、目、いってぇ! なんもみえねえ」
闇雲に振りまわしたのか、アリスのものらしき腕がフヒトの肩をべしり、とたたく。その手をとりおさえて、フヒトは、いたって冷静に口をひらいた。
「落ちつきなよ。ただの光だから」
「いや、痛いって!」
「……きみはまだ、あつかい方がわかってないの」
しょせん、すべては情報なのだ。自分自身の取りこみ方次第で、いくらでも姿を変える。
光をまぶしいと思わなければ、このなかで目を開けていることは、たやすい。痛みをともなうと思わなければ、アリスのように苦しむこともない。
他者に一定の影響を強制することなど、ユ=イヲンにすら、むずかしいのだから。
(それでもあのイカれ猫なら、できかねないけど)
『流し方』を熟知しているフヒトにとって、[破戒者]でもない一介の特異職がふるった【権限】など、お遊びのようなものだ。
――もっとも、この程度。相手にとってもお遊びであることは、想像にかたくなかった。
「そろそろもどして、[焔灯]」
依然と、白一色におおわれた空間へ向けて、フヒトは呼びかける。
「あいかわらず、つきあいわるいなー、[史記]」
「アカリ」
「やだよ。なんであんたが首をつっこむのさ」
どこからともなく、ひねくれた少年の声が応じる。
特異職は、一部の例外をのぞき、短いサイクルで代替わりをくり返す。成長も遅く、成人の体躯になるまでに消滅するほうが一般的だ。
今代の[焔灯]、アカリもまた例にもれず、フヒトより6年ほど後に生まれた、年若い『名持ち』だ。
やれやれ、と首を振るフヒトの手のなかでは、アリスの手首が暴れている。解放して、アカリに特攻されてもたまらない。
フヒトは頬をひきつらせながら、しっかりと握りこみなおした。
――と、目の前に広がる白に、わずかな影がさす。アリスの抵抗が、急にやんだ。
「なんだ……これ」
じわじわと、にじみこんだ穏やかな黒は、光を喰らい、ゆるやかな侵食をつづける。
大口を開けて固まるアリスの様子が目に浮かぶようだ、と思いながら、フヒトはちらり、と左手を見下ろした。
「闇呼び……!」
ほんの少しいらだちをにじませた、アカリの声が、響く。
徐々に明度の下がっていく空間。そのなかで、ぼんやりと浮かびはじめた自分自身の姿を確認して、フヒトはあたりを見わたした。
右手に数歩離れた、ひときわ暗い一角。球状にとりまく影のなかから、見覚えのある闇色のすそが、のぞいている。
対して、左手。こちらは、まだ輝きが強くて判別がつかない。――だからこそ、そこに、光源が存在するとわかる。
右手の影が、ぐっと大きさを増す。
チッ、と短い舌打ちが、左手の光のなかから聞こえる。
――そして、闇が、光が、どうじに弾けた。




