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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第三話*観測者と特異職
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[9] 眷属と別棟(2)

 別棟に近づくにつれ、あれだけいたるところにひそんでいた学生たちの気配が、まるで感じられなくなっていく。


 三位の領域ほどではないにしろ、別棟は一般の住民にとって、よほど敬遠すべき場所であることがよくわかる。



「あれが? さっきまでの校舎となにが違うんだよ」



 正面にそびえる石造りの塔を見上げて、アリスが首をひねった。


 縦に長くのびた高層構造でこそあるものの、各階の大窓から見える内装に、めだった差異はない。



「一緒だよ」



 答えるフヒトは、メイ手を引きながらすたすたと正面口へ向かって歩いていく。



「なら、なんでわざわざ別棟なんて作ったんだ? 本棟だって十分広いじゃんか」

「そうだね。だけど、ここには、一般学生も、商業区や工業区に居を構える民も、近づかない」



 それどころか、別棟には各階一室しか設けられておらず、特異同士が、棟内ではち合わせしないように作られている。


 なかには、監査棟を根城にするフヒトのように、ほとんど寄りつかないモノさえいる。


 まとめて別棟組と称しているものの、クラスメイトとは名ばかりの実情だ。



「なんでだよ、メイもフヒトも別棟組なんだろ? 避けられる理由がわかんねえ」



 納得いかない、と不満気に頬をふくらませた少年をふり返り、フヒトは足を止めた。


 丸い大きな瞳とばら色の頬は、子どもじみたアリスのしぐさにも違和感を感じさせない。


 見かけどおりの年齢であるのなら、フヒトとさして変わらないはずなのだが――。


 もう何度めかもわからないため息をひそかに飲みこんで、フヒトは、かぶりを振った。


 そもそも、[史記]と比べることが間違いなのだ。



「きみもだよ、アリス。特異としてあつかうと三位が決めた。僕らとおなじ、チガウモノ」

「ちがうもの? どういう意味だよ、それ」

「特異職っていうのは、ほかと違うから『特異』なんだ。絶対数が少なくて、それだけ持つ【権限】も大きい。遠くから眺めて、もてはやすことはあっても、関わりたいとはまず思われない」



 淡々と語るフヒトを、メイもまた、口をはさむことなく静かに見上げている。



「……わかるかよ」



 ぼそり、とつぶやいたアリスは、不機嫌に眉を寄せた。


 帰還を望む以上、学都の価値観を拒絶する思いは、あるのだろう。それでも、消えたくないと望んだのは、アリスだ。


 身体の横で握りしめられたアリスのこぶしを、冷めた浅緑あさみどりの双眸に映しながら、フヒトはふたたび口をひらいた。



「わからないならそれでいい。だけど、僕らはそういうものなんだ」

「だから、そういうものってなんなんだよ! ここにいる奴らは、みんなそうだ。すぐに『そういうもの』だからって、なにもかもそれで片付けてる!」



 俺にはなにが『そう』なのか全然理解できねえよ! と、アリスは叫ぶ。


 そのまましゃがみこんでしまった金髪の後頭部を、まるで子供のかんしゃくだと思いながら、フヒトは困ったように見下ろす。


 力の緩んだ右手から、少女の小さな手のひらが、ぬけ落ちた。


 前へ進みでたメイが、小さな背をさらにかがませて、アリスと視線を重ねる。



迷い子(アリス)。自分の在り方を認めていないから、どこにもなじめない、かわいそうな子。きみは一体どうありたいのかな」



 穏やかな口調で問いかけるメイに戸惑うように、アリスは、まばたきをくり返した。



「どう、って……。俺は、俺で、どうとか、そういうの、……」



 幼い少女になだめられている現状に、さすがに気まずさを感じたのか、アリスの言葉は尻すぼみに小さくなっていって、最後の方はまるで音になっていなかった。


 メイは、こてり、と小首をかしげて、さらに問いかける。



「なら、きみはどういうもの?」

「……そんなの、俺がしりたい」

「ワタシたちは、それを、しっているのだよ。はじめから、ぜんぶ。だから、『そういうもの』なのだとわかる。だから、『そういうもの』なのだと説明できる」



 言いながら、メイはふんわりとほほ笑んだ。



「大丈夫、そのうちわかる」



 アリスの左手を握って、ひき起こそうとするメイは、やはり力が足りないらしい。ふらつく様子をみかねたフヒトは、しぶしぶあいた手をつかんで、手伝ってやる。


 ぎこちない笑みを浮かべたアリスが、たち上がろうとした、そのとき。


 ――フヒトの視界は、とつぜんの真白い輝きに奪われた。

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