[8] 眷属と別棟(1)
噴水をあとにし、メイとアリスを連れて本棟の間を抜けていくフヒトは、遠巻きに投げかけられる無数の視線を感じて、ため息を吐いた。
「濃紫の衣……」
「[史記]だ。[史記]が誰かを連れてる」
「あの子が[長庚]?」
「うわ、こっちみた! かわいい」
「すごく綺麗な長髪ね。本当に[史記]の色ってめずらしい」
「あっちの金髪の子はなに?」
ひそひそと交わされる小声のやりとりは徐々に大きくなり、いまではその内容は、すっかりフヒトに届いている。
そしらぬ振りを通しながらも、積もりゆくいらだちは、フヒトの気力をそいでいく。
ちらり、と右を見れば、くもの子を散らすようにあわただしく身を隠す、少年少女の群れ。
左手の窓からは、室内からこちらをうかがおうとしている者たちの、髪の毛や衣服のすそがのぞいている。
(めずらしいのは、わかるけど……)
大方、見慣れぬ『影』を警戒して閉じこもっていたモノたちが、ひさしく空位であった[長庚]の名持ちがどんなものか、好奇心をくすぐられて戻ってきたのだろう。
そう予想したフヒトは、右手につながれた小さな手のひらを見おろす。
それから、後ろでやじ馬に負けず劣らずの好奇心を瞳に映している少年へと、視線を投げた。
「アリス。きょろきょろしない」
「でもさあ、気になるもんはしょうがねえだろ」
唇をとがらせたアリスは、おちつかなさげに、あたりへと視線を投げた。
「学園って言うだけあって、本当に子供しかいなんだな」
「そうでもないよ。いまは、光の眷属ばかりだからそうみえるけど、闇の眷属は長命だから」
答えながら、フヒトは、歩みをとめることなく進みつづける。
「ケンゾク?」
「聖魔戦争で、[勇聖]と[叡魔]それぞれについたモノたちと、その末裔。どっちの王を支持するかっていう、派閥みたいなもの。闇には異形がおおくて、ヒトのほとんどは光。――みた目じゃ区別つかないよ」
言いおえるよりさきに、アリスは、学生たちの集団に飛びこんでいこうとした。すかさず、フヒトは、その首根っこを捕まえる。
しかたなくメイの手を一度離して、金髪の猫っ毛を、べしり、と叩いた。
「いた!」
「その暴走癖なんとかなんないの? ちなみに、そこにいるのは光の眷属ばかりだから」
そもそも異形といえど、姿かたちはヒトに擬態したものばかり。
エマのように、実際の年齢と容姿がかけ離れているモノも少なくない。もっとも、光の眷属であっても、外見と実年齢は比例しないのだが。
集まっている学生たちのなかには、50年近く生きているモノも混ざっているに違いない。おとなげない、とフヒトは顔をゆがめた。
「にしても、よっぽどめずらしいことなんだな。代替わりって」
感心したように言うアリスの言葉に、メイがぱっと顔を上げた。フヒトが答えるよりも早く、少女の高い声が応じる。
「違う。気づいてないのかい? アリス。一番みられてるのは、きみ」
「は、俺? なんで」
アリスの瞳が、丸々と見開かれる。あれだけつつぬけの会話がなされているというのに、まさか、本気でわかっていなかったとは。
そんな来訪者に、フヒトは頭痛を覚えながら説明する。
「みんな[長庚]が生まれたことは気づいてるから、最初はメイをめあてにきた。でもそこに、妙なのがもうひとりいるから、あれはなんだってさわいでるんだ」
「妙なのって……」
身もふたもない言われように、アリスはひきつった笑みを浮かべた。かまわず、メイが補足をする。
「フヒトは、特殊。[調停者]以外とほとんど関わらない」
「ほんとか? [調停者]って、リヴってや――、リヴサマ、のことだろ?」
フヒトに鋭いまなざしを向けられ、あわてて言いなおしたアリスが、視線を泳がせる。
それに、何度めかもわからないため息を吐いて、フヒトは答えた。
「本当だよ。[史記]はそういうものなんだ――ああ、みえてきた。あれが別棟。一部の特異職だけに許された特別な建物」
そういう名目の、隔離棟。音には乗せず、フヒトはつぶやいた。




