[7] つかの間の、(2)
あれはあそこにあるべきものじゃなかった、と、メイは言う。
フヒトは、漆黒の布の下がさらされる間際の、切迫した恐怖心を思いだし、眉を寄せた。
ユ=イヲンは片目を隠している。布で、さらには、髪で。おおわれたその下に、おそらく……紫黒の左眼とは似つかぬ、なにか異質なものを宿しているに違いない。
「彼女? ユイって、まさか」
思索にふけるフヒトが聞きとばした単語に、アリスが反応する。
その驚きように首をひねったメイは、一拍置いて答えにたどり着いたらしく、納得したように声をあげた。
「ああ、そうだね。たしかにわかりづらい」
「嘘だろ!? 『俺』とか言ってるから、てっきり男だと――っていうかさっき、俺」
胸元つかんだよな、と、つぶやいたアリスは、目を丸くして自分の手をみつめている。
焦るアリスとは対照的に、めだった反応をみせないフヒトに、メイは関心を引かれたようだった。
「きみは驚いてないね、フヒト。それとも知っていた?」
「え? いいや、知らなかったよ。ただ、[寒月]でもないし、正直、あんまり関係ない」
もとよりユ=イヲンの容姿は中性的で、しいて言うならば少年風、といった程度。
[破戒者]の服装は、かなり余裕をもった作りで身体の線はわからないし、そもそも今回のように微妙に容姿を偽っていることも多々ある。
声や言動に引きずられて男だと認識していたものの、いまさら驚くほどではないと、フヒトは思う。
そもそも、自然発生的な『誕生』が常の学都では、性別なんて大した意味を持たない。
来訪者であるアリスにとっては違うかもしれないが、大多数のモノにとっては、そうだ。
ちらり、と頭を抱えて悩みだしたアリスを一瞥して、フヒトは迷いなくメイの手をとり、きびすを返す。
「メイ。別棟に移動するよ」
「わかった」
特異職にとって、本来の生活圏となる別棟へと向かいはじめたフヒトの隣を、濃紫の衣を引きずりながら、メイが並び歩いていく。
「あ、ちょっと、待てよ!」
あわててついてきたアリスを、首だけ振り向いて確認しながら、しばらく悩んでいればいいのに、とフヒトは内心毒づくのであった。
(だけど結局ユ=イヲンは、僕らになにを期待してるんだろう)
なにかを待つような口ぶりで、くり返し謎めいた言葉を吐いていく、狂人めいた絶対者。
一体なにが、はじまろうとしているのか。
思いはせるフヒトの背中に、どん、と鈍い衝撃が走る。
「アリス!」
飛びついてきた小動物をにらむフヒトを、おもしろそうに笑うメイの声が、あたりに響いた。




