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言葉の庭のAlife ―『生きた歴史書』と理外の少年アリス―  作者: 本宮愁
第三話*観測者と特異職
31/116

[6] つかの間の、(1)

 天災級の人災が去ったあと、アリスは、大げさなしぐさで空をあおぎ、叫ぶ。



「だあー、くそ。なんなんだよ、結局! ユイって本当わけわかんねぇ」



 フヒトは、それに苦笑を浮かべた。



「そういうもの、だから。――メイ、大丈夫?」



 こくり、とうなずいた少女は、長い闇色の衣を引きずるように立ちあがった。そのまま、思いのほかしっかりとした足取りで、アリスに歩みよる。


 そして、じー、と無言のまま、いらだちを吐きだす来訪者の姿をみつめはじめた。



「あー、っと……メイ?」



 さきの『かわいそうな子』発言を思ってか、めずらしくも腰が引けているようだ。向かいあいながら、アリスは、落ちつかなさげに視線を泳がせている。


 その姿を気にしたふうもなく、メイはじっくりと金髪の少年を観察し、ふと、視線を足元に落とした。



「きみは、あれを、おそれないのだね」



 ボソリと声を漏らしたメイは、ゆるゆると左右に首をふる。



「それは、無知ゆえの愚行か。あるいは、たぐい稀なる英断か。ワタシにはまるでわからないよ」



 皮肉めいた言葉を吐きながら、揺れる亜麻色の髪。それを背後から眺めながら、フヒトは、わずかに口もとを緩めた。


 アリスはといえば、案の定、ぽかん、と固まりかけている。



「なに言ってんのかよくわかんねえ……」

「だと思ったよ。いっそ安心する」



 ため息を吐きだしたフヒトへと、代わりに答えろとばかりに、メイが振りかえる。



「観測者。なぜ、止めないのかな」

「きみの言うそれが答えだからだよ、[長庚]。僕はそういうもの」



 メイが、よくわからない、というように小首をかしげた。



「そういうもの? ワタシが[長庚]ワタシであるように?」

「そう。……観測者だの、時の管理者だなんて、過ぎた名だよ。僕は、[史記]は、もっと矮小で身勝手なものだ」



 [史記]は、『書』。それ以外のナニモノでもないことを、フヒトは知っている。


 誰に与えられた知識でもなく、蓄積されゆく記録でもなく、ある種の本能として、知っている。


 学都ディーチェの民は、みな、そのようにして言名の意味を感じるのだ。


 従わなければならない掟があるわけではない。ただ、自分という存在の延長線上として、包括円のように『言名』がある。



(管理者なんて呼び名、ふさわしいのは……)



 フヒトの脳裏に浮かぶのは、青藍せいらんの髪をした青年の姿だ。

 あるいは、その隣にならぶ、隻眼の少年。


 彼らクラスの【権限】なくして管理者を名乗るなど、笑止である。



「ねぇメイ。きみは、なにを言いかけてたの? ユ=イヲンについて、覚えて……いいや、知っていることがあるんだね」



 確信をもって問いかけたフヒトを、メイのやわらかい色合いの瞳が見上げる。


 まるい光をつつんだ光彩が、ためらうように、すこし揺れて。メイは、探るように慎重に、答えはじめた。



「――右の、瞳」

「右眼?」

「彼女は[破戒者]で、例外で、近づいたら、危険。ワタシの知っていることは他に、それだけだよ」

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