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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第三話*観測者と特異職
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[5] 遭遇(2)

 フヒトを横に押しやるようにして、アリスが、ユ=イヲンにせまる。



「その子を離せ!」

「『離せ』?」



 眉をつり上げ、険しい表情で叫ぶアリスに、ユイは感情のない声を返す。


 その間、拘束が緩んだのか、メイがその場に崩れるように座りこんだ。気づいたフヒトが、そっと少女をひき起こす。



「アリス、きみには関係ないことだよ? きみはなんにもわからないくせに、口だけは達者だ……ああ、黙ることを知らないだけかな」

「なんだって――」



 食い下がろうとするアリスを、フヒトは慌てていさめる。



「アリス!」



 どう考えたって分が悪い、と、フヒトは歯ぎしりした。


 [破戒者]の機嫌を損ねるような真似は、避けた方が賢明だと、学都の民ならば誰もが考えるだろう。



「っ……」



 メイを保護するフヒトをちらりと見やったアリスは、一瞬、ためらうそぶりを見せるも、しかし両腕を伸ばしてユイの胸ぐらをつかんだ。



「建物ぐちゃぐちゃにしたかと思えば小さな女の子おびえさせて、なにがしたいんだよ! あんたのやってること、滅茶苦茶だ。前のこの子がなにしたのかなんて知らねえけど、いまのメイには関係ないだろ」



 その暴挙に、ぱちぱち、と片目をまたたかせてから、ユイは大げさに腹をかかえて笑いはじめる。


 いまだに、がくがくと震え続ける[長庚]をなだめながら、フヒトは背筋に冷たいものが伝う感触に、身体を揺らした。



「あ、ははは! ねぇアリス。どうして俺がきみの指図を受けると思うの? きみ如きが俺をあつかおうだなんて」



 一度言葉を切ったユイは、布におおわれていない左眼で、アリスを鋭くにらみつけた。



「――思い上がるなよ、小僧」



 目尻の垂れた闇色の瞳に、不穏な影が宿る。

 不自然に風のないだ空間は、もはや、[破戒者]の支配下に落ちつつあるようだった。


 アリスを連れて逃げることを選択肢に上げ、すぐにフヒトは思いなおした。……意味は、ない。


 ユ=イヲンは、たしかに気まぐれだが、それは『その他大勢』に対してのこと。解決にはならないだろう。



(だけど、どうしてアリスに執着する?)



 フヒトは、固まるアリス、そしてユイの横顔を盗み見た。


 力の抜けたアリスの腕を振りはらったユイは、そのまま左手で髪をかき上げ、そして。


 その右手が、人形じみたかんばせに巻かれた布地に、伸びる。


 それだけの仕草に、理由もわからずゾッとしたフヒトは、どうするべきかもまとまらない思考のなかで、とっさに声を上げる。



「ユ=イヲン!」



 音にしてから、つづける言葉を持たないことに、フヒトは気づいた。


 [破戒者]の名は、真音である。あまたある言名のなかで唯一、誰もが真音を発話することができる。


 その上で、至上の理が生み落とした異端児は、なんぴとの支配をも、うけることがない。



 拘束力などないと、わかってはいた。

 ただどうしても、あの布の下を見てはいけないような、気がしたのだ。


 動きを止めたユイは、そのまま両手を下ろして、フヒトの方へ向きなおった。



「似合わないことをするね、フィー。[史記]きみは、そういうものじゃないのに」

「それは」



 言葉につまったフヒトを、ユイはやはりよくわからない微妙な表情で観察している。



「まあ、いいや。今日はただの警告。なにもしない。ああ、そうだ。おどるのはいいけど壊れちゃだめだよ? まだまだこれからなんだから」

「なに言ってるの? イカれ猫」

「わからないの? そうだよね、わからないか。――あはははは! きみたちはとても可愛いね」



 ちらり、とアリスの方を見やってから、ユイは嘲笑に近い笑みを浮かべた。


 それを見たアリスの表情が、ふたたび険をおびる。可愛らしい少年のいかくに、眉を上げたユイは、さも面白そうに、のどを鳴らす。



「まだだよ、アリス。もっともっと、あがいて。だけどきみは俺に届かない。俺はきみを救わない――哀れだね」



 あぜんとするアリスへ背を向けて、あっという間にユイはフヒトのわきをすり抜ける。


 ぱっと振りかえったフヒトの視線の先で、座りこむメイを見下ろし、[破戒者]は言う。



「闇呼びの子兎。つぎの狂い月が訪れないといいね」



 うつむいたまま、びくり、と肩を揺らした少女の頭を一、二度軽く叩いて、はた迷惑な絶対者は姿を消した。


 なんともいえない余韻にひたりながら、フヒトはそれが、はじまりにすぎないことを感じていた。


 ユ=イヲンは見ている。


 アリスを、あるいはフヒトを、あの、嗜虐者のようなまなざしで。

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