[4] 遭遇(1)
メイは、興味深そうにアリスを眺めている。
ふわふわの金髪も、黒い瞳も、めずらしいといえばめずらしいが、それほど驚くものでもない。
なにが彼女の関心を引くのか。フヒトは、はたと思いあたった。
(服装……か)
学都では、『言名』により、さまざまな服装がみられる。基本的には髪や瞳の色とおなじ、そういうものの一部なのである。
フヒトであるならば、[史記]特有の、肌をほとんど露出させない作りの白衣。
[長庚]に関して言えば、被りもののついた丈の長い濃紫の一枚布だ。
しかしアリスの服装は、そのなかでもどこか浮いている。
フヒトが『来訪者』だと断じたのはそういった知識があったからに他ならないが、そうでなくても違和感を与えることは避けられない。
どうしようか、と首をひねるフヒトの隣で、アリスが微妙な表情で目をしばたかせた。
「迷い子って、俺のこと、か?」
十を越えているようには見えないメイに、強く言うのは、さすがにはばかられたのか、その声には戸惑いがにじむ。
じっ――とアリスを見つめたまま、メイはゆっくりとうなずいた。
「うん。きみ。居場所を追われた可哀想な子」
絶句するアリスから視線を離して、ちがう? とメイは小首をかしげる。問われたフヒトは、なんとも言えずに少女を見下ろした。
(前の[長庚]とはまた、ずいぶんと性格がちがう……)
ユ=イヲンと先代のあいだに、なにがあったのか、フヒトは知らない。
より正確に言うならば、知ろうとしたことがない。フヒトだけでなく、読み手の資格を与えられた誰も彼もが、である。
「メイ。きみはなにか覚えているの」
「なんにも。けれどワタシは[長庚]を知ってるよ」
「それだけ? ユ=イヲンが『なに』かはわかる?」
しばらくのあいだ、メイは目を閉じて静かに考えていた。
「……あんなもの」
「え?」
「あんなモノはもうヒトじゃない。ただの――」
震えた声が、最後まで形になる前に、かすれた少年の声が割って入る。
「ただの?」
クスクス、クスクス、と、ひとしきり耳障りな笑い声を響かせた後。にんまりと口の端を持ち上げたその主に、フヒトは思わず一歩後ずさった。
「おもしろい話をしているね」
言いながら、メイの肩を捕まえる、黒髪の少年。染みついたものがあるのだろう、メイの顔からは一瞬で血の気が引いている。
(どうして、ここに)
身にまとうのは、ごく一般的で質素な衣。
やぼったい前髪にさえぎられ、人形じみた美しさはなりを潜めているが、フヒトにとっては見間違えようもない。
凍りついた場で、まっさきに我にかえったのは、アリスだった。
「あんた、あのときの……!」
「ああ、覚えていていてくれたんだね、俺のこと。ふふ、ご機嫌麗しくないようでなによりだよ、アリス」
首を揺らす動作にあわせて、髪が流れる。その隙間からのぞいた漆黒の布地を、ユ=イヲンは愛しげになぞった。
「あーもう、いい加減にしろよ! あんた、俺になにしたんだ」
「なあんにも」
「嘘つけ。俺を落としたの、あんたなんだろ」
「知らないねえ。俺はただの『例外』。そういうものじゃない」
アリスをおざなりにあしらいながら、ユイのまなざしは、なぜかフヒトに向けられている。
満足気につり上がる口もとに、フヒトがわずかに眉を寄せた、そのとき。
ユ=イヲンの腕が伸ばされ、身をすくめているメイを、背後からしっかりと抱きこむ。
「[長庚]。ずいぶんと様変わりしたみたいだけど、わかるよね? つぎは、十年なんかじゃすまさない――二度と戻れないようにしてあげる」
頭上で獰猛な笑みを浮かべたユイに、メイは、青ざめた顔で目をみはった。




