表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第三話*観測者と特異職
28/115

[3] 亜麻色の少女

 監査棟の自室を離れ、フヒトは学園の正門方向へ向けて歩きだした。


 向かう先は、すでに特定してある。本棟前の中庭だ。



「フヒト、なんでどこにいるのかわかるんだよ?」

「ああ、うん。……まあ」



 リヴに知られれば良い顔はされないだろうが、使えるものは使ってしまうのが、さがというものだ。


 開きなおったフヒトは、個人に関する『記録』以外は、度々【参照】をおこなっている。


 アリスの疑問をあいまいに濁しながら、フヒトはひっそりと息を吐きだした。



「そろそろ着くよ、アリス。僕が言ったこと覚えてる?」

「わかってるよ……話さなきゃいいんだろ」

「ならいいけど」



 いぶかしげに、隣を歩く少年を見やるフヒトに、アリスが応じる声は小さい。


 本当にわかっているのだろうか、と疑わずにはいられないフヒトは、なんども念を押す。



「まちがっても、口ひらかないでよ?」

「ああもう、わかってるって!」



 むきになったアリスの声が、中庭に響く。その直後、くすくすと軽い笑い声が届いた。


 足音のする方へ視線を投げたフヒトは、正門のわきに、覚えのある姿をみつける。



「ずいぶんと、さわがしいのがいるね。どこの迷い子かな」



 足首までおおう濃紫の衣を引きずるようにして、小柄な少女が歩みよってきた。


 エマの擬態した姿よりも、さらに幼い、あどけない顔立ちが目をひく。


 きょとん、と丸められた亜麻色あまいろの瞳は、さっぱりした同色の髪に縁取られ、理知的な輝きを見せている。



「ひさしいね、メイ」

「メイ? それはワタシの名かい?」

「……そうか。ユ=イヲンは名までコワしたんだね。そうだよ、きみの名だったものだ」



 フヒトの言葉に、少女はすこし考えるそぶりを見せるも、やはり記憶にないのか、ゆるゆるとかぶりを振った。



「わからないよ。そうかもしれないし、ちがうかもしれない。でも、ワタシには『名』があるのだね」

「今代のなかで、影を招くことができるのは、きみだけだ。気に入らないのなら、また別のを名乗ればいい」



 ぱちぱち、と穏やかな色合いの瞳をまたたかせてから、少女はふわり、と微笑んだ。



「いいや、そのままでいい」



 目尻と眉尻を下げて、すこし困ったように崩れた表情は、幼い容姿ながら、どこか一回り大人びたものを感じさせる。


 隣で顔を赤らめたアリスを、冷めた眼でちらりと一瞥して、フヒトはメイとの距離を詰めた。


 生まれた――あるいは生まれなおした――ばかりの身体は、小柄なフヒトの胸あたりまでしかこないほど、小さい。


 フヒトは、すこし腰を折って目線を合わせながら、右手を差しだす。



「そう。――よく戻ったね、[長庚]。僕はフヒト。きみを歓迎するよ」

ふひと……ああ、『書』だね」



 納得したようにひとつうなずいたメイは、フヒトの手のひらに、小さな手を重ねる。



「教えてくれる? 時の管理者。ワタシはどれだけ離れていたのかな」

「十年とすこし。それだけのあいだ、学都には影がこなかった」



 小首をかしげたメイの問いに、フヒトは端的に答える。


 同時に、『時の管理者』とはまた、ずいぶんと凝った言いまわしをしたものだと、内心驚嘆していた。



(まあ、たしかに、一年を区切るのは[史記]だけど)



 フヒトの困惑にも気付かず、口もとにこぶしをあてながら、メイはフヒトに言われた内容をじっくり咀嚼している。


 ……しかしその間、来訪者が黙っているはずもなかった。



「十年!? 嘘だろ、だってさっき、ユ=イヲンがコワしたって――」

「アリス」



 屈めていた身体を起こし、ななめ後ろにひかえる少年を、フヒトは半眼でみつめる。


 ばつが悪そうに苦笑を浮かべたアリスは、降参、というように両手を胸の前に掲げ、目一杯視線をそらした。



「ご、ごめん、フヒト」

「いい加減縫いとめようか?」

「なにを!?」



 焦るアリスに、冗談だよ、と答えながら、フヒトは、この小動物を完全に無力化する方法を真剣に考えだしていた。



(『来訪者』。でもアリスは学都に適応したモノ。縫われたという感覚さえ思いおこさせれば、あるいは――?)



 そこまで思考をめぐらせたところで、フヒトは、くい、くい、と低い位置で袖をつかむ小さな手に気づいた。


 はっと視線を前に戻せば、メイがこちらを見上げている。



「フヒト。その迷い子はどこからきた?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ