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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第二話*観測者と三位
23/115

[11] 観測者の常識、来訪者の非常識(2)

「こわ、される……?」



 おぼつかない口調で反復したアリスは、それきり言葉を発せずにうつむいた。フヒトも今度はそれをいさめず、右手で顔をおおった。



(なにしてるんだろ、僕は)



 ありとあらゆるできごとは、[史記]の記録対象であり、それ以上にはなり得ない。もちろん、それ以下にも。


 そうして、フヒトは無関心に過ごしてきた。それこそが、[史記]としての理想的な在り方でもあり、同時に自然体なのだと、思っていた。


 揺らぐ。アリスの側にいると、どうしてか。いままであたりまえに築きあげてきたものを、すべて壊してしまいそうになる。


 危険な兆候だと、フヒトは、まゆをひそめた。


 しばらくのあいだ黙りこんでいたアリスが、やがて、静かに声をもらす。



「ユ=イヲンって、なにものなんだ」

「あれは……」



 アリスの問いに、フヒトは瞬間答えを迷った。


 異端中の異端。フヒトたちのような『言葉』によって組みあげられた存在とは違う、明確な定義をもたない、モノ。


 実際のところ、フヒトがユ=イヲンについてわかるのは、容姿、声、そしてつかみどころのない性質。その程度のものだ。



「あれは、『例外』。ありとあらゆる律に縛られない存在として、ことわりに認められた唯一のモノ――[破戒者]だよ」

「はかい、しゃ」

「そう、[破戒者]。あれは強大な【権限】を持っている。『持っている』って言いかたが正しいかはわからないけど……。ユ=イヲンはね、いわば学都ディーチェの根幹を否定する存在なんだ」



 口惜しいが、フヒトにはこの程度のあいまいな表現が限界だ。


 理をはずれたあの存在は、どうあがいても[史記]にあつかえる範疇を超えている。



「……なら、こわされるって、どういうことだ?」



 かたく握られたアリスの両手を視界の端に入れながら、フヒトは応じる。


 ――知りたいと望むのならば、教えよう。この学都における、ヒトの地位を。



「学都を構成するものはすべて、ある種の情報体なんだ。ヒトも、建物も、ぜんぶ。もちろん僕も」

「情報? って……嘘だ、そんなわけ」

「アリス。きみもだよ」



 意味がわからない、と顔に貼りつけたアリスを、短くフヒトは糾弾する。


 アリスは、学都でカタチを得た。曲がりなりにも受けいれられた。彼は既に、学都においての在り方にそって存在しているのだから。



「ユ=イヲンは理をコワす。理に則って、律を破る。『ダイス』をみたでしょ? あれも、[破戒者]の【権限】の一例。情報を歪めて、望む方向に寄せてるんだ」



 そして、律を破ることがユ=イヲンの【権限】であるなら、学都にはそれにつりあう【権限】を所有するモノが、確かに存在する。


 ちらり、と右手の扉を一瞥して、フヒトは微妙な表情を浮かべた。



(――リヴさま。あなたは、なぜ【宣言】をされない?)



 ゆるくかぶりを振り、浮かぶ疑念をうち消す。それから、フヒトは改めてアリスをみつめた。



「いいかい、アリス。『ダイス』が歪めるのは情報。きみは、それに巻きこまれていた。つまり、きみは、情報。その塊だ」

「……だから、コワされる?」



 フヒトは、うなずく。



「そう。在り方を歪めて、奪われる」



 それが、ユ=イヲンという存在だから。


 フヒトとアリスの間を、風が吹き抜ける。

 また、少しの間、無言が続いた。さわさわと木の葉のすれる音だけが、耳に届く。


 やがてアリスは、その黒い瞳に強い意思をのせて、顔をあげた。



「壁を、見せてくれ」



 迷いのないまなざしを受けて、フヒトは静かにきびすを返した。



「いいよ、連れていってあげる」



 一拍おいて、うしろに追従する足音を耳にしてから、フヒトは歩くペースを早めた。

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