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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第一話*観測者と来訪者
2/115

[1] 観測者は平穏を望む

 雑然とした空間を、ただひたすらに落ちていた。


 ぶちまけられたおもちゃ箱。あるいは混沌と言ってもいい。上も下も右も左もわからなくて、それでもたしかに身体は落下を続ける。


 ときに緩やかに、ときに猛スピードで。色とりどりの極彩色が広がったかと思えば、次の瞬間には暗闇に閉ざされる。


 落下、落下、落下。


 不思議と怖くはなくて、けれど驚きで声もでない。なんだこれ。なんで俺、こんなことになってんの? 白ウサギを追いかけた女の子じゃあるまいし。


 引きむすんだ唇を解きかけた、そのとき。唐突に意識は闇にのまれた。


 ――ああ、いきつく場所までいきついた。かすむ視界の中で、漠然とそう思った。



*****



 フヒトは、困惑していた。


 [史記]しきという性質上、無関心で、否が応でも全貌を把握してしまうがゆえに、驚かされることもない。……一部の『例外』をのぞいては。


 当然の帰結として表情筋は発達せず、表面化する感情表現は、限りなくとぼしい。そんな己の口もとが、めずらしくも引きつっていることを、フヒトは自覚していた。


(なに、こいつ……)


 目の前には、捨て犬さながらのウル眼攻勢ですがりつく、華奢な少年。ふわふわとした金色の猫っ毛が、フヒトの足首をくすぐる。



「放して」

「嫌だ」

「……邪魔」



 即答する少年を文字通り『一蹴』したフヒトは、相手を待たせてはいけないと足を早める。

 三位の一、[調停者]リ=ヴェーダがお呼びなのだ。遅れるわけにはいかない。



「ま、待てって! 頼むから、俺を見捨てないでくれ」



 ……なぜ。どうしてこうなった、とフヒトは天をあおいだ。


 気まぐれに訪れた学都のはずれで、気絶したまま放置されていた少年。育ちの良さを感じさせる華やかな容姿に、異国風の服装。【参照】するまでもない。――『来訪者』だ。


 そうと悟ったフヒトの行動は早かった。迷わずきびすを返し、その場を離れる。十六年間平穏に過ごしてきたのだ、面倒に巻きこまれてはたまらない。


 さいわい、学都の治安はいいし――リヴさまが治めていらっしゃるのだから当然だ――そもそも、たいした広さもない。『来訪者』が望むなら、商業区にでも学園にでも、たやすくたどり着くだろう。


 そう思っていた矢先に、これだ。

 目覚めた少年は、あろうことかフヒトを見つけだし、平伏した。



「俺を拾ってくれ!」



 迷わず殴りとばした己の判断は、間違っていないと信じている。


 かなり容赦のない一撃を見舞ったはずなのだが、しかし見かけによらずタフな少年は、起きあがるなり再びフヒトにすがりついてきたのだった。


 どこぞの絵画から抜けでてきたかのような、薔薇色のほほをした美少年。長いまつげに彩られた大きな黒眼にうつる自分の姿を眺めながら、フヒトは思考をめぐらせる。……結論は、すぐに出た。



「僕、人を待たせてるんだ」



 だめ押しに、貧弱な表情筋をフル稼働させたほほえみを添えて、遠まわしの拒絶をしめす。


 そして、すばやく身をひるがえしたフヒトは、これ以上関わりあいになりたくない一心で、待ちあわせの丘へ向けて駆けだした。

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