[3] 勇者の末裔
すでに、アリスは眼を白黒させている。かまわずフヒトが言いつのろうとした、瞬間。
ギィ、と古臭い音をたてて、扉が開いた。
「そんくらいにしてやれよ、フィーちゃん?」
不意に割りこんできた軽薄な声に、エマの表情が一瞬でかき消える。その迫力に、フヒトは思わず閉口した。
(……とうとう、きた)
ぎぎぎ、と音がしそうなほどぎこちない動作で、ふり向いたフヒト。その視界に、長身の美丈夫が飛びこんでくる。
藍白の短髪を、好き勝手な方向に遊ばせた青年だ。その瞳は、エマよりも一層濃い、深緋。
「す、っげえ……アルビノカラー……!」
「アリス、あれは色素異常じゃなくて」
「――目障りじゃ、失せよ」
案の定、見当はずれな感嘆をしたアリスを、フォローしようとした矢先。背後から放たれた絶対零度の台詞に、フヒトは身をすくませた。
わざわざ確認せずともわかる。いっそ恐ろしくて確認したくもないと、フヒトは思う。
――エマは、その可憐な容姿に不つり合いな、凄絶な笑みを浮かべているに違いなかった。
「はっ、あいかわらず可愛げのない魔王だな」
「貴様と同次元にとらえるでない。不愉快だ」
侮蔑のみをたたえた、冷え冷えとした口調でヒジリを一蹴した[叡魔]は、さらに嘲笑をそえて言葉を重ねる。
「[勇聖]の名が聞いてあきれる。貴様があれの末だとは、まったく嘆かわしい」
「よく言う。停戦協定さえなけりゃ滅ぼされていた身で」
あまりの応酬に、フヒトは、ほほを引きつらせる。張りつめた空気は、いっそ痛いほどだ。
そのなかで、学都における為政者の片割れ――光の眷属を統べる王、[勇聖]は、ニィ、と口の端をつり上げて、獰猛な笑みを浮かべてみせた。
「ふ、フヒト」
「……静かにしてて」
本能的に恐怖を感じたらしいアリスをなだめながら、フヒトは、ひそかにため息をついた。
(これだから、関わりたくないんだ)
単体でもアクの強い二人の王は、とんでもなく相性が悪い。不仲と呼べるレベルを、逸脱しているほどに。
当代の[勇聖]ヒジリは、『聖魔戦争』を引きわけた英雄の末裔であるからして、生きのこりたる[叡魔]とは、もとより因縁深い間柄にある。
しかし、その事実を差しひいてもなお、エマがヒジリを嫌悪していることは、火を見るより明らかであった。――その逆もまた、しかり。
「[干戈]」
戸口に立つヒジリが、うなるように低く告げる。と、同時に、そのわきをすり抜けるようにして人影が室内に踊りいる。
あまりの速さに眼で追うことさえできないフヒトの視界の片隅を、鋭利な金属の光沢がかすめていった。
(え……?)
「止まれ! [干戈]」
呆然と固まるフヒトの耳に、待ちわびた声が、届く。
ヒジリを押しのけるようにして戸口に立った[調停者]は、室内の惨状に苦く表情をゆがめていた。
「リヴ様……!」
永遠に続きそうな拷問の時間を終わらせる、唯一の希望。これでようやく場に収集がつく、とフヒトは安堵の息を吐きだす。
しかしながら、リヴの視線をたどった先の光景に、フヒトは気が遠くなる思いを味わった。
「感謝しよう、リ=ヴェーダ。どこぞの愚か者は飼い犬のしつけもなっておらぬようじゃの」
侮蔑の色をありありと映した、紅赤の瞳。
変わらず嘲笑を浮かべるエマまで、あと一歩といったところで、短刀を構えたままピタリと固まっている少女こそが、[干戈]だ。
そしてエマの傍らには、いつのまにか距離を詰めた[守牙]が、当然のように控えている。
「俺の基本方針は放し飼いでね――リ=ヴェーダ、そろそろ放してくれないか」
ひょうひょうと応じたヒジリは、リヴから鋭いまなざしを受けて肩をすくめる。
よりにもよって、襟首を掴まれるようにして捕獲された体勢のまま。




