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言葉の庭のAlife ―『生きた歴史書』と理外の少年アリス―  作者: 本宮愁
第二話*観測者と三位
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[1] 紅の女王は泰然と笑む

「――して、そやつはなにものじゃ?」



 華美な装飾のほどこされた椅子に腰かけた少女が、悠然とした態度のまま、鷹揚に口をひらく。


 ポカン、と口をあけたまま固まっているアリスを横目で眺めて、フヒトは盛大に息を吐きだした。



 強い輝きを秘めた紅赤べにあかの大きな瞳が、相対するフヒトを容赦なく射ぬく。


 同色の豊かな髪が、ゆるやかに波うちながら、絡みあうことなく足もとまで流れ落ちている。


 その様は、なるほど絵画のように壮観な眺めではあった。



[史記](しき)。こたえよ」

「僕ですか」

「その小童に尋ねたところで、話にならぬだろう」

「……よくおわかりで」



 ひじ掛けにのせた腕にほおづえをつく、美しいが妖艶という言葉にはほど遠い、幼い容貌の少女。


 威圧的な覇気を受けとめて、フヒトは、ぎこちない笑みをかえす。


 フヒト渾身のあいそ笑いを、彼女は、ふっ、と鼻で笑った。馬鹿にされたことを悟ったらしいアリスが、隣で腰を浮かしかける。


 フヒトは、思いっきり足を踏みつけてそれを制した。……この部屋に入る前に、アリスには、絶対に口を利かないよう厳命してある。



「答えになっておらぬぞ、[史記]」

彼者かのものは『来訪者』にございます、――[叡魔](えいま)



 フヒトは、淡々とした口調で、現時点でもっとも真実に近いだろう結論を告げた。



 [叡魔]エマ。三位の一にして、『闇の眷属』の女王。リ=ヴェーダと肩を並べる、学都の為政者の片割れだ。


 幼い容貌は、擬態したかりそめの姿だ。その実態は、齢百をかるく超えた長命種であることを、フヒトは知っている。なにしろ、あの『聖魔戦争』の当事者の一人であるというのだから。



 根本的に馬があわないというべきか、この紅をまとう魔王が、フヒトは苦手である。


 この世のすべてを己がてのひらの上で転がしているとでも言いたげな驕りが、どうにも好きになれないのだ。



 アリスをともなって訪れた、三位の領域である離れ。そこにはしかし、エマがひとり、どこか威圧的な居ずまいで紅茶をすするのみであった。


 そう構えずともよい、とうながされた向かいの寝椅子で、落ちつかない時間をすごすこと数刻。


 ようやく口をひらいた少女(仮)は、標準装備の人を食ったような笑みを崩さないまま、単刀直入に問うてきた。


 ――フヒトにさえよくわからない、異界の少年の正体を。



「ほう? ソレが来訪者と」

「他に形容すべき言葉が、僕にはみつかりません」

「そなたが言うのであればそうなのであろうな」



 スゥ――と目を細めるエマに、[破戒者]の面影が重なって、フヒトはびくりと肩をはね上げた。ユ=イヲンの存在は、もはや、完全なるトラウマの域である。



(落ちつけ、落ちつけ)



 あのイカれ猫を相手にするより、百倍ましだ。


 言葉が通じる。交渉の余地は……あるとは言えなくとも、とかく会話がなりたつ。精神衛生上、その点は大きい。


 あわだつ心をいさめながら、フヒトは、リ=ヴェーダの到着を今か今かと待っていた。


 叶うなら、もうひとりの為政者があらわれる前にきて欲しいと、切実に願う。



「……なあ、フヒト」



 こそこそと耳うちしてくるアリスを、視線を向けることさえなく、フヒトは黙殺した。


 先ほどから、アリスは、落ちつかなさげにチラチラと視線を送っている。そこで、なにが彼の興味を引いているのかは、容易に想像がつく。


 しかし、少なくともいま、フヒトに教えてやるつもりはまるでなかった。来訪者の好奇心にかまっている余裕は、ない。



「小童。アリス、と申したか」

「だから俺は――っ痛!」



 反射的に食ってかかろうとしたアリスの足を、フヒトはテーブルの下でぐりぐりと踏む。



「アリス」



 さげすまれようが、なぶられようが、おとしめられようが、絶対に喋るな……と、散々言いふくめたにも関わらず、簡単に声をあげたアリスに、フヒトは冷めたまなざしを投げた。


 女性名で呼ばれるのが、どうにも不満らしい。しかし、だからといってフヒトに、あらためるつもりは特にない。


 二人のやりとりを愉しげに眺めていたエマの紅玉のような瞳が、心なしか涙ぐんだアリスをとらえた。



[守牙](しゅが)が気になるか?」



 泰然とほは笑む[叡魔]の右後方。壁際にひかえるように立つ武骨な男が、一瞬だけフヒトたちの方へと視線を投げた。

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