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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
fragment
114/115

fragment:異端の心

※拍手御礼小説再掲

 退屈だった。なにもかもが変わりばえのしない世界。完全無欠の統制。崩れることのない安寧秩序。――飽き飽きする。


 欠伸をかみ殺しながら、眼下の街並みを蹴りとばす。届くはずもない足は、遠景をすり抜けて石壁に落ちた。なにしてるんだか。


「どうせ、今日もひまだしね」


 言いわけのようにつぶやいて、打ち抜かれたガラスのない『窓』から身を躍らせる。


 急速に流れていく景色。風の音。


 はじめの頃は新鮮味もあったけれど、結局これも同じだ。頭から真っ逆さまに地上をめざす。


清香さやか


 下階に住む[風織]の真音を謳いあげる。決して大きくはなく、けれど明確に。ひとこと、宣告する。世界へ向けて。それは、僕以外の誰にも発話することのできない、彼女の持つ音。


 さあ、聞け。

 僕の声を。己の名を。

 そして、差し出せ。

 そのすべてを。


 ふわり、と巻きおこった風が、僕の身体を受けとめた。衝撃もなく、地に降りたつ。まあ、べつに、頭から突っこんでもよかったんだけど。それはそれで、適当に流してしまうだけの話。


 押し込められた特異棟を抜けだして、生まれ育った商業区の外れを訪れてみる。あまりに変わりばえしない、いや、なにひとつとして変わりようのない暮らしぶりに嫌気がさして、結局すぐにとって返す。


 そんなことをもう、何十回もくりかえしている。


「こんにちは、フェン! なにしてるの?」


 キラキラした輝きを抱いて、僕をみつめる丸い瞳。特徴の薄い容姿に満面の笑みを浮かべて、駆けよってくる。


 彼女に名はない。箱庭のおままごとで、端役も端役、ただそこにあるだけの民をあてがわれた少女だ。その辺に転がる石ころと同じ。ただ、喋って、息をする。勝手に動きまわる。それだけの違い。


「なんにも」


 答えてやる筋合いもなかったけれど、あんまり退屈だったものだから、すこしだけつきあってやることにした。


 いつだったか、気まぐれに名を教えてやってから、つきまとわれることが増えた。好色な『親』を見習って、女の子を誑かせば、なにか変わるかと期待してみたんだけど。


 結論としては、退屈しのぎにもならなかった。


 まあ、そうだろう。結局のところ、僕は[寒月]ではないのだから。異性を追いかけまわして充足する彼らは、あまりの特異性に毛嫌いされてはいるけれど、僕にしてみたらうらやましい。


 安っぽい充足だなと、見下した視点でいう「うらやましい」なので、もちろん額面どおりの意味ではない。きみは気楽でいいねとか、そういう類の皮肉じみた「うらやましい」だ。


 ……侮蔑しているのかな。そうかもしれない。


 学都は歪んでいる。不必要な駒があふれている。必要不可欠な駒なんて極少数で、あとはただの数稼ぎ。そのなかでも一番の変わりダネが[寒月]だ。まがりなりにも『特異職』のくせに、あれが存在する恩恵はなんにもない。まともな【権限】なんざ持っていないんだから。


 性欲をもち、異性を追いかけまわす。ひとことであらわしても、低俗さがにじむ存在だ。しいて必要性を述べるとすれば、[寒月]がいるからこそ、いまだに性別の概念が風化しきらずにいるのだろう。性別が保たれる必要性はといえば、よくわからないのだけれど。


 あるいは、稀に迷いこむ異物――来訪者のための救済措置なのかな。それもおかしな話だ。


 だけどまあ、実際そのおかげで僕みたいなのができちゃったんだし、無意味ではないのかも。結果論だけど、均一性を崩す布石になったわけだから。


「ねえフェン、聞いてる?」


 丸い瞳がつりあがってゆがむ。甘えた声色が癇に障った。どうして懐かれてしまったんだろう。ああ、そうか。僕が仕組んだんだっけ。あの女の真音を謳って、[寒月]の【権限】を借りうけて誘惑したんだ。


 聞いていない、と答えてやろうかと思ったけど、それも面倒で黙ったまま身を返した。


「あ、フェン!」


 少女の声が追いかけてくる。ああ、キャンキャンとうるさい。変わりばえしない世界の変わりばえしない世間話。そんなものに興味なんか湧くはずもないのに。


 来訪者だった、という『父』が生きていたのなら、すこしは面白い話を聞けたのかもしれないな。そう考えると、会うこともないまま消えてしまった彼を、惜しむ気持ちも湧いてくる。小指の爪ほどには。


 もともと来訪者ってのは不安定なものらしいから、仕方ない。まがりなりにもカタチを保っていたわずかな期間に[寒月]と出会い、子どもを成しただけでも十分に驚くべきことだ。前列もないらしい。三位は口を揃えて、僕を『異端』だと言った。たしかにそうだろうとも思う。


 消されずに生かされているのは、僕の存在があまりに特異であったから。要観察対象、ってやつらしい。まがりなりにも理が許容した僕を、無意味に消すべきではないというのが、[調停者]の判断だった。――表向きは。


「……さすがに、彼は厳しかったなあ」


 思いだすだけで、口の端がゆるむ。あのときほどワクワクしたことはない。高揚した。思い通りにならない男。『真音』の呪縛をはねのける、たった一人の例外。


 [勇聖]も[叡魔]も、ひとりずつなら脅威じゃない。たぶん抵抗は激しそうだけど、でも、できると思った。彼らは、僕の【権限】の対象。僕より『下』だと、理に定められたモノだ。


 でも、[調停者]は違う。彼は特別だ。最高権力者の名は飾りじゃない。無理じゃないけど、難しい。『リ=ヴェーダ』を真音として扱おうとすれば、僕も無事ではいられない。


 あの人はすごい。一瞬で『僕』を見抜いた。僕の【権限】がどういうものなのか、全部わかった上で手打ちにした。


 彼は、僕を許容する。そのかわりに僕は、彼の代替わりを見届ける。ようするに、不測の事態のための布石だ。ありえないことのようだけど、こうして僕が存在することで、学都はわずかにゆがんでしまった。これからも、均一性が保たれていく保証はない。だから、彼は、僕に責任をとれと言ったのだ。


 ゆがむだろうか。この箱庭は。僕というちっぽけな波紋は、どこまで世界をゆさぶるだろう。すくなくとも[調停者]が危惧するほどには、変容の兆しがあるということだ。


 ああ、見てみたい。この完全なる秩序が、乱れる瞬間を。その導火線に僕がいるとしたら、それはなんて素晴らしいことだろう。『秩序』が代替わりするとき、きっと学都は大きくゆれる。往年の主が倒れるとき、なにかが、きっと。


「待ってるよ。リ=ヴェーダ」


 僕は、きたるべきその瞬間を待って、また退屈な安寧秩序に浸っていく。息を潜めて。虎視眈々と。変革のときを、待ちつづける。


 少女の声は、もう聞こえない。

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