言葉の庭のAlife(3)
――[史記]が代を替えるよ。それに合わせて、いままでにない子が生まれる。
――【預言】か。
――ううん、[喚起]はいないからね。外が教えてくれた。
「あの瞬間の、リヴの顔といったら!」
じつのところ[長庚]が固執しているのは、俺に言わせれば、くだらない通過点のできごとにすぎなかったんだけど。……フェンが起こしたさざなみは、ずっとずっと後にまで影響をおよぼしつづけていた。
ポツリと落とされた異質な点から誘発された変質が、……いつまでたっても、消えないまま。
――リヴ。
――リヴ、聞いてる?
――きみの思ったとおりだよ。外には、たしかに『主』がいる。
[調停者]からあぶれたカケラは、ほかのなにかに変ずることなく、そのまま漂っていた。己の不完全性を呪うリヴが、気づかないはずがない。だからこそ、彼は、あやまちを犯したのだ。
――きみは正しかった。けれどひとつあやまったとするのなら、あの『主』を引きとめようとしたことだね。
事を起こす直前のリヴが、どれだけ荒んでいたのか、俺は知らない。なにを考えて、『壁』の変質という大きな変化をもたらしたのか、俺は知らない。
――ねぇ、リヴ。『主』は望んであの場所にいるんだ。望んで、いまの箱庭を笑っているんだ。[喚起]に誘われるまま、ほんの一時[幽鬼]としてあらわれたのは、真正面からきみを笑うためだよ。わかっていただろう?
だって俺が知っているのは、傲慢な仮面をかぶって虚勢を張りとおそうとしていた姿と、絶望のなかで立ちすくんでいた姿だけだから。
――それでも、きみは、すべて下ろしてしまいたかったの?
それでも、なにを望んだのか――いまでも望みつづけているのかは、わかる。わかるんだ。俺とおなじだから。
――ああ、ごめんね。責めているわけじゃないんだ。
――かまわない。事実だ。
ため息をもらして、自嘲する。そんな表情は、『リ=ヴェーダ』ならしない。絶対者を騙りつづける友人が、絶対者を気取りつづける俺に、ときたま見せる素顔は、なんとも言えずにむずがゆかった。
――[喚起]を……数少ない友人を利用して……その存在理由を殺してまで、望んだ。どうなろうがかまわないと思った。
――そういうわりには、満足していなさそうだけど?
――いざ終わってみれば、罪悪感に消えてしまいたくなった。
あまりにも暗い声色で言うので、いますぐ俺をコワしてくれないか、と頼まれるのではないかと思って、身構えた。
だって俺だったら言う。リヴに嫌われたくないから言わないけど、ああでも、リヴに嫌われたら、彼は俺を消してくれるだろうか。俺に救いをくれるだろうか。
無理だろうな。俺はリヴを嫌いになったとしても、どうでもよくなったとしても、彼をコワせはしないだろう。自分のために。
――そう。だけどきみは、降りられないんでしょう。
――そうだな、……降りられなかった。
探り探りのやりとり。
俺たちは、互いを救える術をもっているのに、どうしたら相手を救わずにいられるのかと考えている。それでも、うぬぼれでないのなら大切には感じていて、できることなら救ってやりたいと思っている。なんて矛盾。なんて欺瞞。
――変わったのは周りばかりで、結局、なにひとつとして思いどおりにはならなかった。
――でも、なにも変わらなかったわけじゃない。
――失っただけだ。得たものはなにもない。
――きみはたしかに変えたよ。それが良いことか悪いことかはわからないけど、でも、……俺には、わかる。
それでも、リヴがいまだに罪悪感に苛まれていて、滞った世界に変革を起こしたいと願うのなら、うってつけのモノが外にあった。
それが一体どういうモノか、俺はよく知っていた。きっと『主』も面白がって、たとえ手を出したとしても俺を止めはしないだろうと、確信していた。




