言葉の庭のAlife(2)
「彼がどうしてあやまちを犯したのか、どんなあやまちを犯したのかなんて、俺にはどうでもよかったんだけどね。結果だけは知ってたけれど……ただ、探ろうとするモノが、あらわれたから」
――[長庚]が、きみの代替わりのときに起こったことを気にしてる。
――そうか。
――放っておいてもいいの? [史記]を抑えられると厄介だよ。
――そうだな。
――ねぇ、リヴ!
いつのまにか、頼りなさげな少年は、達観した青年になっていた。涼しい顔をしたリヴは、まるですべてが暴かれることを受け入れているかのように見えた。でもどこか、凛と立っているようで、……その実、とても危うくも思えた。
――それが定めであるならば、あやまっているのは俺の方だろう。
そう言って、暗い瞳をして笑う。いつかのフェンのように。黒々とした焰を奥深くに潜ませて、それでも笑う。
ギリ、と歯を食いしばって、遠い残像を打ち消した。フェンはいない。もういない。
――俺は認めない。
二度と、あんな滑稽な終わり方は許さない。許してなるものか。
――認めないよ、リヴ。それでも、きみが正しいんだって、証明してあげる。
俺が、きみを苦しめるものすべて、コワしてあげる。
「[史記]を、コワした。たったひとりの『名持ち』を残して、ことごとく消した。あのときのことを直接知るモノはほとんどいないから、『記録』さえ間引いてしまえば脅威はなくなると思って。だから、ぜんぶコワして、それから記録も消して、なかったことにしようとした」
[長庚]に手を伸ばそうとしたとき、はじめてリヴが俺を止めた。彼の手に右眼を覆われて、はじめて、そちらの視界が機能していないことに気づいた。
すこしずつ、すこしずつ死んでいった、異端の瞳は、もはやただのモノでしかなかった。俺のなかに無理やりはめ込まれた、ひとつの異物でしかなかった。フェンはいない。どこにもいない。この眼さえも失われてしまったら、フェンが遺した願いすらも消えてしまう。
――ユイ。あまり右眼を使うな。【発話】は、本来お前に備わっているべき【権限】じゃない。
――いやだ。
――俺には、その眼だけを否定することもできるんだがな。
震えた。ヤメテ。それだけは、だめだ。完全に消えてしまう。フェンが消えてしまう。俺がここにいる理由が、俺が存在しつづける理由が、消えてしまう。
――約束して。俺から『この眼』を奪うのなら、一緒に俺自身も否定して。もう、俺を独りにしないで。
――断る。
――なら!
――お前が右眼を使わないかぎり、俺は【宣言】を使わないよ。……俺も、独りに戻りたくはないからな。
彼の【宣言】で織り上げられた黒布は、瞳に宿された【権限】を相殺し、俺から自由を奪った。拘束力なんてカケラもない、ただの口約束。だからフェンを裏切ったことにはならない。俺はまだカミサマでいられる。
鎖をつけられた日、なぜか心のどこかで、ホッと安らぎを覚えていた。それが、許せないとも、思った。




