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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
109/115

言葉の庭のAlife(1)

「なにも、覚えていないんだね。きみはあいかわらず……無邪気に罪深い」



 混沌とした空間は、いつか見た景色によく似ていた。


 俺の『眼』に見えるセカイは、ほかのだれとも共有できない色に染まっている。はじめからだったのか、それともあのとき(・・・・)からなのか、思いだせないのだけれど。


 きっと、かの人もまた、おなじ景色を見て、おなじ孤独にふるえていたのだろう。いまとなっては、想像することしかできない。かの人に関する『記録』は、修復不可能なほどにコワしてしまったから。望まれたとおりに。



「すこしだけ、昔話につきあってくれるかい? ……そうだね。きみにも、関係があるのかもしれないし、ないのかもしれない話だ」



 あれは、いつの頃だったろうか。

 はたしていつから、彼とのあいだに、奇妙な鎖が結ばれるようになったのか。


 正確に『いつ』とは知れぬ『いつか』のことなのだけれど、かの人の痕跡を追おうと[史記]から拝借した【参照】によれば、どうやらふたつほど年を数えたらしい。あの、絶望的な――俺にとっての『世界』の喪失から。



「フェン……最期まで“兄”とは呼ばせてくれなかった、俺の兄は、もうどこにもいなかったんだ」



 フェンの願いは知っていた。フェンの願いに背くことなど考えられなかった。フェンのいない世界に生きることなど、考えられなかった。なのにフェンは、フェンのいない世界を望むのだ。


 望まれたら叶えずにはいられない。

 だって俺のすべてだから。


 フェンが『カミサマになれ』と言うのならカミサマにだってなってやろう。ひきかえに俺の世界が喪われても、俺の世界が望むのだから、はなから俺に選択肢はない。


 二年もの時を長々と眠っていたのは、兄が理をゆがめてまで嵌め込んだ、この異質な瞳のせいか、それとも死んだ心のせいか。


 眠りつづけた。二度と目覚めたくなどないと思いながら、それでも呪縛のような兄の『望み』に絡みとられて、目覚めざるを得なくなる、そのときまで。


 ――そして、彼を見つけた。



「おどろいたよ。前に見た(・・・・)ときとは、別人のようだったから――あんなにも深い絶望を映した瞳を、ほかのだれかのなかに見つけるとは思いもしなかった」




 艶やかな青藍の髪と、射抜くような黄金の瞳をそなえた少年――[調停者]リ=ヴェーダ。


 手負いの獣のように、周りのすべてを敵視して、ピンと張りつめていた彼の雰囲気は、知らぬ間に変貌していた。


 絶望。


 なにかを考えることすら億劫だと、空虚に世界を映した金晴眼に、ふらふらと引き寄せられた。まるで俺自身を見るようだった。生きる意味など見つからないのに、役目を降りることは許されず、孤独に存在しつづけなければならないという、絶望に満ちた、まなざし。



「俺にはなにもなかった。リヴにもなにもなかった。なにもなくしてしまった。彼は絶望していたけれど、抱えた荷物の下ろし方がわからずに苦しんでいた。『苦しい』と感じることすら忘れて、ただぼうぜんと立ちつくしていた。……だから、持ちかけたんだ」



――いらないの? ねぇ、いらないなら。俺にきみの場所をちょうだい。


――欲しいのか……? こんな重りが。


――そのぐらい重くなければ、俺の役には立たないよ。



 彼を救うつもりはなかった。むしろ沈めばいいとすら思っていた。沈んで沈んで、俺よりも深い水底に溺れればいいと思っていた。


 あのとき、【宣言】におびえた彼に代わって混乱を収拾したのは、ただの気まぐれ。あるいは、やぶれかぶれな好奇心。



――ねぇ、リヴ。



 誤算だったのは、いびつに寄りかかりあった共犯者を、思いのほか気に入ってしまったこと。それだけだった。



――きみの【権限】が絶対だなんて、そんなのはうそだ。



 だから気に病まなくていい。だから苦しまなくていい。きみが押しつぶされかかった荷物は、きみにしか背負えないものじゃない。いらないならコワしてあげる。代わりに俺が捨ててあげる。


 だけど、きみ自身だけはコワしてあげない。

 それだけは、許さない。

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