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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[29] 願うための覚悟(2)

「お前が価値を見いだしたのなら、あれもすこしは報われたか」



 ほんのわずかな自嘲をにじませた声色に、悪意は感じられなかった。リヴの真意が読めずに、フヒトはとまどう。



「フヒト。俺の判断は、あやまっていると思うか?」

「……いいえ」



 フヒトは首をふった。



「アリスは、存在するべきではない。――僕があなただとしても、迷わずおなじ結論を導きだすでしょう」

「“迷わず”?」



 リヴは、わずかに目を細めて、フヒトには見通せぬ混沌の果てをながめた。その先が、ほんとうに彼に見えているのか、フヒトにはわからない。そしておそらく、リヴ自身が語る日もこないだろう。



「迷うさ。これまでも、これからも、俺は迷わずして選ぶことなどできない」



 ――そういうものとして、生まれたからだ。


 リヴの声は、ひたすら穏やかに凪いでいて、言葉とは裏腹に、すこしの惑いも感じさせない。いつも、そうだった。真実を知るまえも知ったあとも、フヒトの敬愛する[調停者]は、なにひとつ変わらぬまま立ちつづけている。


 不安定にゆらぐその足元を支えているものこそが、今日にいたるまで彼が積み上げてきた覚悟の形にちがいなかった。



「俺には、おそろしい。両肩に負わされたものの重さに、幾度ひざをつこうとしたことか。二度とあやまちを犯すものかと己を戒め、それを口実にして逃げつづけたほどに、……リ=ヴェーダという『名』は、おぞましく、重かった」



 穏やかに笑い、穏やかに語る。奥底の怯えは一片も見せずに、毅然として――それでも、彼は『リ=ヴェーダ』として立ちつづけてきたのだから。これからも、立ちつづけるのだから。


 それこそが、彼の選んだ、在り方なのだ――。


 こんな日は、二度とこないだろう。[調停者]たらんとしつづけるリヴは、たとえ言葉のみであろうとも、その理想に反するふるまいを許さないにちがいない。



「ユイに出会って、すべてが変わった」

「すべてが……?」



 ひとことも聞き漏らすまいと、フヒトはかたずをのんで、つづく言葉を待ちつづけた。


 ユ=イヲンもまた、怯えつづけていたのだろうか。フヒトには計り知れない胸中で、なにを思い、彼らは立ちつづけてきたのだろう。



「俺にとって『ユ=イヲン』とは、唯一の救いでもあり、逃れえぬ呪縛でもあった。ユイの存在さえなければ、と願ったこともある。一方で、ユイがいるからこそ、と安堵もした。そのたびに激しく己を嫌悪もした。――そして、すべてを受け容れた」



 彼方をみつめていたリヴの瞳に、わずかな光が灯ったように見えた。


 なにかが、終わろうとしている。フヒトには、そのなにかはわからないけれど。おそらく、彼とユ=イヲンを結びつけてきた、なんらかの錆びついた鎖を――リヴは、断ち切ろうとしている?


 フヒトは、すこしためらって、おずおずと切りだした。



「あなたにとって、アリスとは……このセカイに混入した『異物』とは、なんでしたか?」

「俺に尋ねて得られる答えは、お前が望む解ではないだろう」

「僕の答えは、もう決まっていますから」

「観測対象か? それとも、飼い犬くらいには格上げされたか?」

「いいえ、『友』です」



 きっぱりと答えたフヒトを、黄金の瞳がまっすぐにとらえる。



「友?」

「――はい」



 アリスが何者であろうとも、変わらない。



「特別な絆など、どこにもない。けれど、力になりたいと思った。強さも弱さも知りあった、……他に、適当な言葉がみつからないのです」



 フヒトに与えられた役は軽い。すこしのイレギュラーをもったばかりに、無二の立場になってはいるものの、不可欠と呼ぶには遠く及ばない。



「だから、僕は」



 だからこそ、フヒトは望むことができる。介入が許されずとも、アリスという存在を好ましく思い、できることならば助けたいと願うことができる。――それが、学都の利に反したとしても。


 リヴの選択が誤りだとは思わない。彼は正しい。リヴの選択を止めようとは思わない。彼の決定をくつがえす力など、フヒトにはない。



「僕はただ、すべてが終わってしまうまえに、アリスに――友に会いたいと、そう思っただけです」



 なにもしらないところですべてが終わるのは耐えられない。それだけだった。この後におよんで、フヒトは、足を止めたくないばかりに進もうとしている。いまだなにを為すべきかもわからぬまま。



「友、……か」



 そうあれたのなら――。祈るようなひとことを残して、リヴは、身を返した。ふたたび混沌のなかへと踏みだしていったその背中を、あわててフヒトも追った。

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