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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[28] 願うための覚悟(1)

 風が啼いた。そのとたん、フヒトは気づいた。――まにあわなかったのだ。


 サァッと血の気が引く。穏やかな性格の今代の『ソウ』は、なにごともなく大気を乱すことはない。


 そして、あの大人びた双子の片割れが、我をなくすほどの衝撃を受ける事象など、ひとつしか考えられない――。


 なにが起こったのか、おおよそ察しながらも、フヒトは惰性で足を進めつづけた。


 踏みだした先の石畳が、ぐにゃりと沈んで、まったく別の場所へ飛ばされる。構わずつぎの一歩を踏みだせば、こんどはグルリと天地が逆転した。


 『ダイス』のさなかに移動しようなどと考えたのは、はじめてのことだったが、なるほど混沌とはこういうことか。


 例によって干渉外に置かれているのをいいことに、つき進みながら、フヒトは、いつまでも落ち着く様子を見せないセカイに嘆息した。



(乱すばかりで、完成させようとしていないからか……)



 ふだんの『ダイス』とはちがい、完成形にむけて組み上げるのではなく、ただかき乱している。これは、……そう、まるでアリスが落ちてきた日のような。


 どこでもないどこか。見かけ上分断された離れ小島のような、そういう空間をつくるための手段にすぎないのだろう。


 いま、フヒトの目の前にあるセカイは、すべてユ=イヲンが不要と弾きだした破片――だとすれば、どこかにきっと、核があるはずなのだ。そして、そこに。



(……アリス)



 混沌の海を泳いでいく。足を踏みだすたびに飛ばされて、もうどこにいるのかもわからない。それでも、フヒトは黙々と進みつづける。進むしかない。



――お主がいってなにになる?

――しかし、かなしいかな。権限ちからがない。



 ふたりの『王』は口をそろえて、役者不足がすぎるぞ、と釘を刺した。わかっている。わかりすぎるほどにわかっている。己の無力さなど、とうに思い知っているのだ。


 それでも。


 たとえ、アリスの存在が許されないもので、フヒトがみてきた彼の姿は、ほんの一面にすぎないのだとしても。


 せめて最後に、伝えたい言葉がある。

 ……だから。どうか。



「お願いします、リヴさま」



 ほとんど役に立たない視界の端をかすめた藍色の衣を、フヒトは、すがるように掴んだ。



「行かせてください。どうか、ともに」



 うっすらと地紋の浮かんだ上質な絹を、離すものかと固く握り込みながら、フヒトは頭を下げつづた。



「……これから俺が為すことも、その意味も、知った上でか」



 するり、と手の内から布が抜けていく。軌跡をたどるように見上げたフヒトを、黄金の双眸が映した。


 表情を殺したリヴは、静かに問う。



「おそろしくはないのか? 絶対と信じてきたものが、もはやなんの確証もなく、セカイを揺らがすほどの権限ちからを振るおうとしているのに」

「あるいは、これを言うことで、あなたをより苦しめるのかもしれません。……それでも、いまの僕にとって、形なき『理』よりも、あなたの意思――あなたの選択こそが、正しい(・・・)ものとしか思えないのです」



 なにも知らずにいることは、しあわせなのかもしれない。はるか高みに座る、三位かれらの人となりを知らず、盲目的に信じることができたなら。学都の多くの民と同様に。畏れ、侮り、甘え、……己のことだけを考えていられたのなら。


 けれど、そうできないから、フヒトはここにいるのだ。



「見届けたいと願ったのは、僕です。あなたが何者であろうとも、何者でもなかったとしても、僕にとっての真実は色を変えない」



 風に暴れる長髪を感じながら、すぅ、と息を吸った。迷いぬいた果ての覚悟だ、そう簡単にゆらがせはしない。



「――がまちがっているというのなら、どうぞ、いまこの場で消して下さい」

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