[27] "Off with his head!"(2)
「リヴ……?」
ふるえた声に、戸惑いと怯えと、わずかな安堵をにじませながら、ユ=イヲンはつぶやいた。
一瞬。ほんの一瞬だけ、浮かんだように見えたかすかな笑みは、……ひょっとしたら錯覚だったのかもしれない。あっというまに形づくられた芸術的な無表情に、すべては覆い隠されてしまったから。
「どうして、……」
そのとき、対峙する絶対者たちを前に、たったひとつアリスにわかったのは。
これから訪れるのが、ユ=イヲンが焦がれ、同時に恐れつづけた瞬間であり、――そして『アリス』に許された最後の瞬間でもあるのだろう、ということだけだった。
リヴの斜め後方に付き従う、アリスにとって、まさしく唯一の友であり、保護者であり、あるいは主とさえ呼べたかもしれない少年に気づきながら――いまとなっては目を合わせることすら恐ろしくて、アリスは足元をにらんで頭を垂らした。
断頭台の準備は整った。ふたりの処刑者と見届け人。救いの手は、差しのべられない。判決にゆらぐ余地はなく、ただ、振り下ろされる鎌を待つばかり。
だれか。ここにいてもいい、と教えてほしい。だれでもいい。なんでもいいから。
どれだけ固くこぶしを握り、歯を食いしばっても足りない。……震えが、とまらなかった。
「望んだんだ」
リ=ヴェーダはくりかえす。
「世迷言を……きみは、知っているだろう」
「望んだんだよ、ユイ。こうなることを予期されていたからこそ、お前の欲望はとりあげられた。だが、まるきり失われていたわけではない」
静かな語り口からは、どんな感情も読みとることができない。
「俺たちは、よく似ていた。俺もお前も、形こそちがえど、自分自身の有り様から逃げつづけてきた。互いに目をつぶり、穴を埋め合うようにして、いびつに寄りかかってきた」
金晴眼をまぶたの奥にふうじたリヴに、ユイが詰め寄る。
「元はと言えば、きみが始めたことだ……、そうだよ、きみが! きみの願いがぜんぶ狂わせたんだ! きみさえいなければ、きみさえ、……そしたら、俺は、絶望したまま眠っていられたのに……!」
「ああ、そうだな」
「なんで、願ったくせに……っ」
「すまない。それでも俺は、明日を選ぶよ」
かすかに口もとをほころばせたリヴは、震えるアリスをちらりと一瞥し、ふたたびユイに向き直る。おだやかな光を浮かべた瞳には、ほんのわずかな翳りもない。
「終わりにしよう、ユイ。わかっているだろう。俺たちは、俺たち以外の何者にもなれない」
「……リヴ? なにを」
「はじめから、こうするべきだと知っていたんだ。お前の望みはわかっていたのに。だが、俺は、かなえてやる気にはなれそうもない」
つかの間の、静寂。そのとき、アリスの耳には、振り下ろされる直前の鎌が大気を割く、重いうなりが聞こえていた。
「[調停者]の名に於いて【宣言】する――」
視線を感じた。つきさすように強いまなざしを。だれのものかなんて、考えるまでもない。思わず顔を上げたら、しっかりと目が合って、そらせなくなった。
フヒト。
緑青色の長髪を、いつのまにか下ろしている。ならわしだから、と言って、いちども解いたことのなかった複雑な結いはどうしたのだろう。
フヒト。
さらさらとした指通りの絹のような髪。触れるたびにしかられた。どうせ結うなら、編みこんでしまったらいいのに。彼は女顔だから、きっと似合うだろう。
フヒト。
勝手にやったら、嫌な顔をするだろうか。神経質なようで、意外と無頓着だから、気にしないかもしれない。だけどきっとやっぱり、怒られるんだろうな。
なあ、フヒト。
「"アリスは落ちてこなかった"」
――俺、消えたく、ない。




