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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[27] "Off with his head!"(2)

「リヴ……?」



 ふるえた声に、戸惑いと怯えと、わずかな安堵をにじませながら、ユ=イヲンはつぶやいた。


 一瞬。ほんの一瞬だけ、浮かんだように見えたかすかな笑みは、……ひょっとしたら錯覚だったのかもしれない。あっというまに形づくられた芸術的な無表情に、すべては覆い隠されてしまったから。



「どうして、……」



 そのとき、対峙する絶対者たちを前に、たったひとつアリスにわかったのは。


 これから訪れるのが、ユ=イヲンが焦がれ、同時に恐れつづけた瞬間であり、――そして『アリス』に許された最後の瞬間でもあるのだろう、ということだけだった。


 リヴの斜め後方に付き従う、アリスにとって、まさしく唯一の友であり、保護者であり、あるいは主とさえ呼べたかもしれない少年に気づきながら――いまとなっては目を合わせることすら恐ろしくて、アリスは足元をにらんで頭を垂らした。


 断頭台の準備は整った。ふたりの処刑者と見届け人。救いの手は、差しのべられない。判決にゆらぐ余地はなく、ただ、振り下ろされる鎌を待つばかり。


 だれか。ここにいてもいい、と教えてほしい。だれでもいい。なんでもいいから。


 どれだけ固くこぶしを握り、歯を食いしばっても足りない。……震えが、とまらなかった。



「望んだんだ」



 リ=ヴェーダはくりかえす。



「世迷言を……きみは、知っているだろう」

「望んだんだよ、ユイ。こう(・・)なることを予期されていたからこそ、お前の欲望はとりあげられた。だが、まるきり失われていたわけではない」



 静かな語り口からは、どんな感情も読みとることができない。



「俺たちは、よく似ていた。俺もお前も、形こそちがえど、自分自身の有り様から逃げつづけてきた。互いに目をつぶり、穴を埋め合うようにして、いびつに寄りかかってきた」



 金晴眼をまぶたの奥にふうじたリヴに、ユイが詰め寄る。



「元はと言えば、きみが始めたことだ……、そうだよ、きみが! きみの願いがぜんぶ狂わせたんだ! きみさえいなければ、きみさえ、……そしたら、俺は、絶望したまま眠っていられたのに……!」

「ああ、そうだな」

「なんで、願ったくせに……っ」

「すまない。それでも俺は、明日を選ぶよ」



 かすかに口もとをほころばせたリヴは、震えるアリスをちらりと一瞥し、ふたたびユイに向き直る。おだやかな光を浮かべた瞳には、ほんのわずかな翳りもない。



「終わりにしよう、ユイ。わかっているだろう。俺たちは、俺たち以外の何者にもなれない」

「……リヴ? なにを」

「はじめから、こうするべきだと知っていたんだ。お前の望みはわかっていたのに。だが、俺は、かなえてやる気にはなれそうもない」



 つかの間の、静寂。そのとき、アリスの耳には、振り下ろされる直前の鎌が大気を割く、重いうなりが聞こえていた。



[調停者](リ=ヴェーダ)の名に於いて【宣言】する――」



 視線を感じた。つきさすように強いまなざしを。だれのものかなんて、考えるまでもない。思わず顔を上げたら、しっかりと目が合って、そらせなくなった。


 フヒト。


 緑青色の長髪を、いつのまにか下ろしている。ならわしだから、と言って、いちども解いたことのなかった複雑な結いはどうしたのだろう。


 フヒト。


 さらさらとした指通りの絹のような髪。触れるたびにしかられた。どうせ結うなら、編みこんでしまったらいいのに。彼は女顔だから、きっと似合うだろう。


 フヒト。


 勝手にやったら、嫌な顔をするだろうか。神経質なようで、意外と無頓着だから、気にしないかもしれない。だけどきっとやっぱり、怒られるんだろうな。


 なあ、フヒト。



「"アリスは落ちてこなかった"」



 ――俺、消えたく、ない。

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