[25] Forbidden fruit(2)
終わりだ、と思った。ここから先の未来は描けない。あるいは、はじめから描くべき未来など存在していなかったということか。
アリスはもう、わかっていた。ほんとうは、もっとずっと前から気づいていた、拒絶しつづけてきた真実が、急にストンと胸に落ちた。――俺はここにいちゃいけない。
いちど認めてしまえば、なんということはない。存在してはいけない。存在するはずがない。そういうもの、――ものとすら、呼べぬ塵芥だったということ。
かつて、カタチも名も無きまま『壁』の外をさまよっていた、無数の残滓。
ヒトに満たない欠片たちは、やがて変質した『壁』に阻まれて、流れつづけることができなくなった。滞った水は淀む。
そうしてとごった数多の意識集合にすぎなかったアリスは、まっとうな手順を踏まずに流れてきた、いくつかの欠片たちを核として、いつしか自我を目覚めさせた。
目覚めさせてしまった。
気づけば混沌のなかにいた。そこは、途方もない虚無に満ちた空間であったけれど、アリスの目には、雑多に散らばった玩具箱のように見えた。
色とりどりの極彩色が広がった次の瞬間には、暗闇に閉ざされる。かすむ意識のなかに、そろそろと馴染んだ価値観に照らし合わせれば、意味がわからない。けれどアリスにとっては、すべて当たり前のものでもあった。
無数の心と記憶とは、ぐっちゃりと絡みあって、あまりにも大きくなりすぎたから、そのまま底の方へと沈んでいった。
矛盾したものはすべて沈めて、都合の悪いものはすべて沈めて、――残されたのは、無色透明な上澄みと、絡まりきらなかった異端の心。異端の欲。異界の記憶。
そうして、アリスは漂った。不安定に、不完全に、けれど形だけはひとつの個体となりはてた意識を抱いて、さまよっていた。
目覚めきらぬ薄いまどろみのなかで、永い間。
――名なしが『アリス』になるときまで。
「……あんたは」
ユイの手を振りはらったアリスは、もう耳を塞ごうとはしなかった。禁断の毒は、すっかり飲み下してしまった。いまさら、なにを拒むものがあるだろう?
――終わりきってはいない。まだ。
だって、俺は、まだここにいる。たとえ許されない存在だとしても、許されてしまっている。先ほどまで、あんなにもうるさく騒いでいた『欠片』は、なんにも語ろうとしない。
アリスは、いつのまにか己の核から、ひとにぎりの破片が剥がれおちていたことに気づいた。ありあわせの『アリス』は、無色透明であった上澄みは、いつのまにか多種多様な色を映して、その奥に沈んだ沢山の知識とは別の感情に染まっていった。
そうして拒絶したのだ。奥底に眠る、表層意識ではない意識集合を。
「どうしてそこまで、俺を嫌うんだ」
アリスは、爪が食い込むほどに固くこぶしを握って、秀麗に微笑む絶対者を見返した。
「嫌ってなんかいないよ。きみのことは、……吐き気がするほどに愛している」
フッと笑みを消したユイは、はじめて眉間にシワを寄せて、痛みに耐えるような表情をした。
「嫌ってなんかない。壊れてしまえばいいと思っている。狂ってしまえばいいと思っている。どんなものよりも愛しくて、どんなものよりも」
――ニクい。
まるで風の音のような、消え入りそうな声で、ユ=イヲンはつぶやいた。




