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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[25] Forbidden fruit(2)

 終わりだ、と思った。ここから先の未来は描けない。あるいは、はじめから描くべき未来など存在していなかったということか。


 アリスはもう、わかっていた。ほんとうは、もっとずっと前から気づいていた、拒絶しつづけてきた真実が、急にストンと胸に落ちた。――俺はここにいちゃいけない。


 いちど認めてしまえば、なんということはない。存在してはいけない。存在するはずがない。そういうもの、――ものとすら、呼べぬ塵芥だったということ。



 かつて、カタチも名も無きまま『壁』の外をさまよっていた、無数の残滓。


 ヒトに満たない欠片たちは、やがて変質した『壁』に阻まれて、流れつづけることができなくなった。滞った水は淀む。


 そうしてとごった数多の意識集合にすぎなかったアリスは、まっとうな手順を踏まずに流れてきた、いくつかの欠片たちを核として、いつしか自我・・を目覚めさせた。


 目覚めさせてしまった。



 気づけば混沌のなかにいた。そこは、途方もない虚無に満ちた空間であったけれど、アリスの目には、雑多に散らばった玩具箱のように見えた。


 色とりどりの極彩色が広がった次の瞬間には、暗闇に閉ざされる。かすむ意識のなかに、そろそろと馴染んだ価値観に照らし合わせれば、意味がわからない。けれどアリスにとっては、すべて当たり前のものでもあった。



 無数の心と記憶とは、ぐっちゃりと絡みあって、あまりにも大きくなりすぎたから、そのまま底の方へと沈んでいった。


 矛盾したものはすべて沈めて、都合の悪いものはすべて沈めて、――残されたのは、無色透明な上澄みと、絡まりきらなかった異端の心。異端の欲。異界の記憶。



 そうして、アリスは漂った。不安定に、不完全に、けれど形だけはひとつの個体となりはてた意識を抱いて、さまよっていた。


 目覚めきらぬ薄いまどろみのなかで、永い間。

 ――名なし(アリス)が『アリス』になるときまで。



「……あんたは」



 ユイの手を振りはらったアリスは、もう耳を塞ごうとはしなかった。禁断の毒は、すっかり飲み下してしまった。いまさら、なにを拒むものがあるだろう?


 ――終わりきってはいない。まだ。


 だって、俺は、まだここにいる。たとえ許されない存在だとしても、許されてしまっている。先ほどまで、あんなにもうるさく騒いでいた『欠片』は、なんにも語ろうとしない。


 アリスは、いつのまにか己の核から、ひとにぎりの破片が剥がれおちていたことに気づいた。ありあわせの『アリス』は、無色透明であった上澄みは、いつのまにか多種多様な色を映して、その奥に沈んだ沢山の知識こころとは別の感情こころに染まっていった。


 そうして拒絶したのだ。奥底に眠る、表層意識おれではない意識集合アリスを。



「どうしてそこまで、を嫌うんだ」



 アリスは、爪が食い込むほどに固くこぶしを握って、秀麗に微笑む絶対者(ユ=イヲン)を見返した。



「嫌ってなんかいないよ。きみのことは、……吐き気がするほどに愛している」



 フッと笑みを消したユイは、はじめて眉間にシワを寄せて、痛みに耐えるような表情をした。



「嫌ってなんかない。壊れてしまえばいいと思っている。狂ってしまえばいいと思っている。どんなものよりも愛しくて、どんなものよりも」



 ――ニクい。


 まるで風の音のような、消え入りそうな声で、ユ=イヲンはつぶやいた。

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