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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第一話*観測者と来訪者
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[9] 深奥の侵入者

 リヴが【参照領域】を離れたころを見計らって、フヒトはふたたび深層に沈む。記録の門戸を閉じ、あらためて表層に戻ろうとした、その間際。


 不意に発生した強烈な引力が、フヒトを強引に深層へと引きこんだ。



(な……!)



 あわてて抵抗を試みても、まるで成果はあがらない。奥へ、奥へ。フヒト自身さえもろくに把握していない深層部へと、一方的に沈まされていく。


 肉体の感覚が、遠ざかる。さいわいと言うべきか、リヴは、無事に【参照】を終わらせているようだった。


 フヒトひとり、どんどん沈みこまされていく。



「また覗いてたの? 悪い子だね、フヒト」



 くすくすと笑う、ユ=イヲンの声が反響する。記録ではない。思念ですらない。その意識は、まぎれもない音の形態でとどいた。



「イカれ猫!」



 それを聞いて、フヒトは、ようやくなにが起こっているのかを理解した。[破戒者]に門戸をコワされ、『記録』の海に落ちたのだ。


 一体全体どうやったのかは知らないが、あれの性質をかえりみるに、考える方が無駄というものである。



「ふふ。そんなに怒らないでよ。きみは自分の在り方をよおく知ってるんだから、簡単に戻せるでしょ? 俺がコワしたのは極一部だもの」



 そういう問題じゃない。寸でのところで苦情を飲みくだしたフヒトは、気を静めて姿なき侵入者に問いかける。



「目的はなに」

「あいかわらず、きみは無関心だね。安心するよ」

「馬鹿にしてるの」

「まさか。俺はいつだって真剣だよ」



 あいわらず、わけがわからない。


 大げさな抑揚のついた言葉が、たいした感情もこめられないまま、矢継ぎ早に飛びだしてくるのだ。


 ……まともにつきあうだけ、馬鹿をみる。


 情報にのまれないように細心の注意を払ってたゆたいながら、フヒトは、ユ=イヲンの意識を拒絶しようと試みた。



「無駄だよ、フィー。俺という情報を[史記]きみはあつかえない」



 追いだそうともがくフヒトを、馬鹿にするように笑い声が響く。


 ひどく耳ざわりだ。もっとも、聴覚でとらえているわけでもないのだから、そう言うにはいささか語弊があるけれど。


 わずかながら遠のいたように感じられた思念は、ふとフヒトが気をぬいた瞬間に、ふたたび急激な増幅をする。



「アレに関わるな」

「は――」



 唐突な変化に度肝をぬかれたフヒトは、間抜けな声をもらした。



「アレは災厄をもたらす。――きみはいつものように枠外から眺めているのがお似合いだ。それがきみの在り方でしょう?」

「アリスが、災厄……?」



 たしかにあれは歩く公害だと、フヒトは思う。


 けれどそれを言うなら、[破戒者]の方が遥かにふさわしいだろう。予測不能のタイミングで、絶大な被害をもたらす、制御不能の存在。まさに天災級。


 ことわりを外れた存在というのは、かくも厄介なものかと、フヒトは常々悩まされている。


 もっとも記録をかえりみるに、来訪者がトラブルを引きおこしたという事例も、決して少なくはない。


 彼らの常識と学都のそれとの間には、必ず齟齬が生じるのだから、しかたないことだろう。フヒトとて、関わりたくないと思った。



(なのに、あいつがすがりついてくるから……)



 無造作に信頼を投げてよこすから、うっかり拾いあげてしまっただけだ。



「そう。それがきみの選択」

「……なんのこと」

「アレが存在する限り、いずれきみは選択を迫られることだろう。そのとき、おなじ答えを導きだせるの? フヒト。誰よりも言名に忠実な、きみが」



 意味深な言葉が、フヒトを取りまくようにグルグルとめぐる。


 よみがえる、嗜虐しぎゃく者の瞳。


 本能的な恐怖心があおられたフヒトを、あざけるように、ユイは笑う。


 ワラう。

 嗤う――。


 残像を振りはらうように、フヒトは、なりふり構わずユイを叩きだしにかかった。後先考える余裕もなく、強引に。



()から出ていけ!」



 ユ=イヲンは、抵抗しなかった。拍子ぬけするほどあっさりと身をひいたらしい[破戒者]の意識が、急速に薄れていく。


 引きかえに、フヒトは、身体の感覚を取りもどしつつあることに気づいた。



「だめだよ、フヒト。まだきみに壊れてもらっちゃ困るんだ」



 水底から、水面へと。

 そして、外へ。


 引きずりこまれたときと同じ、圧倒的な力が、フヒトを押しだしていく。


 ……意味が、わからない。コワされるなら、わかる。それがユ=イヲンの【権限】だ。けれど、これは、一体。



「あがけ、[史記]。汝の存在理由を満たせ」



 フェード・アウト――。


 ユ=イヲンとの接触が絶たれると同時に、こんどこそ、フヒトの意識はあるべき場所へかえった。

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