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第四章 呪いの子

第四章  呪いの子


 これから話すのは、私が神の座に座る前の神から聞いた話しを混ぜて話す。

 

「え?」

 正太郎は見たことの無い光景を目にした。

 さくらが倒れている。

 先ほどまで自分の近くに居た少女が。

「ど、どうしたんだ!さくら」

 返事は無い。

 あわててさくらの方に駆け寄る。

 さくらの顔は青ざめている。

 自分の手に、ぬめりとした生暖かい物を感じる。

 正太郎は自分の左手を見た。その手は紅に染まっている。

「な、何がどうなっているんだ!?」

 正太郎は夜目は利く方で、月明かりからはさくらの胸辺り――――心臓辺りから出血しているのが分かる。

「どういうことなんだ!」

(これは……銃か!こんなにも腕利きの人はこの村にはいないはず――――)

 それよりも、銃を手に入れること自体も難しいはずなのだ。

 呆然としている正太郎に声をかける者がいた。

「やはり……ここを見張らせておいて正解だったな」

「まさか――――!貴方が銃でさくらを撃ったんですか!」

 暗がりの中、正太郎はどこかで聞いたことのある声の主をにらみつける。

 正太郎の目には涙が溜まっている。

「いや……私は銃を扱うことは出来ないのだよ。私の部下に頼んでもらって撃って貰ったのさ」

 暗がりの中から出て来た――――正太郎の上司は暗がりでも見えるような薄気味悪い笑いを顔に含む。

 上司の部下は銃を持ち、上司の隣で銃を持って立っている。銃からは白い煙が流れるように空へ上っていく。

 正太郎はしばらく絶句していたが、

「どうしてです!?まだ……まだ、三日間経っていないじゃないですか!」

 血相を変えて言う正太郎の声は、所々裏返る。

「私はねぇ……。君のような優秀な部下を失うわけにはいかないのだよ。今、そのこと一緒にこの村から出ようとしていただろう?」

「そんな事だけのために…………さくらを撃ったんですか!」

 叫び声に近いその声。

「そうだよ」

 正太郎は大きく目を見開いた。それと同時に流すまいとしていた涙が流れる。

「もう一つの理由。それは……君のお父様から止められていたのだよ」

「……父さんが?」

「息子に自分の職に就かせたいと言ってね。そのために、この村から出すな……と」

 正太郎はキッと上司を睨む。

「そんな事でも……さくらを撃つことはなかったでしょう!」

 正太郎の上司は、首を振る。

「そんな事はありませんね。君のような人は……一度決めたことは実行しますからねぇ。それなら……もう、その元を殺してしまおうと」

 上司は微笑むが、正太郎は何故笑うのか分からず、ただ不気味に思う。

「俺は……俺は、あなたを許さない!絶対に……絶対にだ!」

 正太郎は上司を憎悪の目でにらみ、さくらを抱き上げてある場所へと移動した。


 正太郎はさくらと出会った桜並木の場所へと移動した。

 今は桜は咲いていない。葉が赤く色付き、散っては積もっている。

 桜の息はもう無い。出血量からして即死だったと思われる。

(桜を死なせてしまったのは……俺だ!一緒に家さえ出なければこんな事にはならなかったのにっ!)

 正太郎は膝を着き、握り締めた拳を地面へ叩きつける。

 正太郎はただ、ひたすら泣いた。

 誰にも気付かれない場所だからだろうか、正太郎は自然と泣いてしまっていた。


 桜がこの世を去って三日が経つ頃。

 桜の墓は完成していた。

 正太郎はさくらと出会った、あの桜並木の場所に墓を作ったのだ。誰にも知らせず、自分の手で。

 使用人やさくらを知っている人たちには、夜のうちに出て行ってしまったといってある。残念がる人や、嬉しがる人などいたが、正太郎にはそのことは届いてはいなかった。

 正太郎とさくらだけの場所。二人が出会い、すごした大切な場所。

 さくらは正太郎にとってかけがえも無く大切な人だったのだ。人は、大切なものを失ってからその大切さにいやというほど気付かされるのだ。それは、正太郎でも同じことだった。

 正太郎はさくらを失ったその日から、上の空である。

 そんな中、商店街をぼんやりと歩いていた正太郎はある噂を聞いた。何故、そのときはしっかりと聞き取れたのかは分からない。

「そういえば、願いのかなう神社があるって知ってた?」

 正太郎はその声が聞こえたほうを向く。

 そこには八百屋があり、買い物を終えたと思われる女性二人が話していた。幸か不幸か、女性達は正太郎が話しを聞いていることには気付かない。

「へぇ……そんなものどこにあるんだい?」

「それがねぇ。詳しくは分からないのだけど、あの山の中腹にあるそうだよ」

 一人の女性は、土砂崩れのあった山を指差した。

「あんたも――――」

 二人の女性はそれ以降も話をしていたが、正太郎は無我夢中で走り出した。

 願いがかなう顔知れないといわれる神社へ――――


 正太郎は以外にも山の中腹に速くたどり着くことが出来た。

 土砂崩れの影響は全く無かった。

 道をしばらく歩いていくと、途中で広場のような場所に出るのだ。そこからの道は無い。

 だが、正太郎は見つけた。

 道とまでは行かないが、芝が薄くなっており地面が見えるぐらいの細い真新しい道を。

 正太郎は長く村に住んでいて、そんな噂を聞いたことは無いのだ。そのため、その噂も最近の物と思われた。

 正太郎は好みととその噂が同じ頃に出来たと考え、その道が神社へと続く道という事を願って迷わず道を進んで行った。

 しかし、その位置はお世辞にも進みやすい道とはいえなかった。木々が行く手を阻み、草がところどころ茂っていて足場も悪い。

(くそっ……まだ、着かないのか!)

 そう思い始めた頃、正太郎の視界は徐々に晴れていった。

 そして、視界が晴れた頃――――そこには小さな、小さな神社が建っていた。

「ここ……か?」

 正太郎は社をくぐる。

 正太郎はこれを神社と呼んでいいのか分からなかった。それぐらい小さい建物だったのだ。

 賽銭箱とお地蔵様があるのみ。それらに屋根をつけただけ、といったような物だ。

 このようなものだ奈良、正太郎の家の近くにあるような地蔵と同じような物だ。

 だが、その横には「桜谷神社」と立て札が立っていた。

 正太郎は地蔵の前で片膝をつく。そして、祈るように言った。

「どうか……どうか、もう一度だけさくらをこの世界に戻ってこられるようにしていただけませんか?俺があんな事さえしなければ……さくらは死ななかったはずだったんだ!何でも……何でもしてやるから!」

『むう。五月蝿い奴だなぁ。供え物もなしに私に頼みに来るとは』

 どこからか年齢不詳のしわがれた声にも聞こえる低めの声がした。

 その声の主は地蔵から僅かな光を帯びて出てきたのだ。

 薄い桃色の桜を連想させるような美しい着物を着た、十五歳ほどに見える少女が。

「だ、誰だ!」

『む。私はこの神社に住む『神』だ。ずい分軽い口を叩いてくれるではないか』

 少女は神だと言い、薄く笑う。

「何でも、何でもしてやるから!俺の願いをかなえてくれないか!?」

『退屈しのぎになるのなら良いぞ』

 正太郎はその言葉を聞いて硬直するが、

「貴女の退屈しのぎになるかは分からないが……話を聞いてはくれないか?」

 少女に見える神はしばらく沈黙していたが、頷いた。

『いいだろう。その願いを叶えるかどうかはその話し次第だがな』

 神は正太郎をもてあそぶ様に言ったが、正太郎は気にしなかった。

 少しでも自分の願いをかなえる可能性が出来たのだから――――


 正太郎はさくらの事を話し、自分の願いの事を言った。

「ふむ、要するに、そのさくらとかいう少女を生き返らせ、願わくば自分と一緒にいられるようにしたいと」

 正太郎は何度も頷く。

 少女の姿をした神は姿に似合わず、豪快に哄笑した。

『御主、中々図々しいのぉ』

「それで、願いはかなえてもらえるのか!?」

 正太郎は答えを急がせるかのように早口で言う。

『う~む。普通なら、その願いをかなえることは出来ん』

「普通なら?」

 正太郎は僅かに眉をひそめる。

『そう。普通なら……だ。いくら神とはいえど、今すぐに死人を生き返らせることなど不可能なのだよ。その小娘を……生き返らせることは出来ないが、この世界に連れ戻すことなら出来るぞ』

「本当か!?」

 正太郎が歓喜の表情を見せたためか、神は微笑する。

『そうだ。普通なら無理なのだが……その子供は体のどこかに桜の形をしたあざのようなものがなかったか?』

 正太郎はあごに手を当ててしばらく考えてから呟いた。

「……あった。きれいにくっきりと残っているさくらのあざが首筋に。だが……それが何か関係があるのか?」

「ああ。あるとも。元々、そのさくらの痣はここの神社の神の継承者の証なのだよ。その神による力のためか、身の回りで様々な厄介が起こるのだ」

 神は遠い記憶を探すかのような目をしている。

 正太郎は大きく目を見開いている。信じられない話なのだから仕方が無い。

『それで……その小娘が死んだということは、私はこの位から下りることが出来るということか』

 神は冷笑した。

『そうか……だが、貴様の願いの内、一緒にいられるようにするというのは出来ないぞ』

「どうしてっ!ここの神がここから離れられないのならば、俺はいつでもここに来るぞ!」

 神は大きく目を見開いたが、哄笑した。

『その心意気は中々の物だが、残念ながら、神となった者は関わったものの記憶を失うのだよ。そして、神と関わった者もまた――――記憶を失わされるのだよ』

 正太郎は唖然とし、言葉を発することが出来ない。だが、しばらくすると、

「でも……それでもさくらはこの世界に戻ってくることが出来るんだよな?」

『ああ。それは約束しよう』

 正太郎は微笑んだ。

「それならいいさ。また、さくらと出会ったときに俺はまた彼女を好きになるのだから」

 神は微笑する。こうなる事を予想していたかのように。

『では、私は「さくら」という小娘を連れてくるとするかな』

 神は地蔵の方に光を帯びて戻っていく。

「いつか、会えるそのときを俺は待っているからな――――」

 正太郎は広い果てしない空を見上げた。


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