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第三章 過去の君が-④

 そして、その三ヵ月後。

 本当に私が恐れていた事態となる。

 今日は正太郎の仕事場である、役所の上司が来るということだった。

「いいか、さくら。今回の客は偉い人だから、さくらは出てこないように」

 正太郎は念を押してそう言う。

 これは何度か聞いた台詞だった。だが、いつにもまして、凄みのある声を出した。

 私はこの質問のたびに頷いているのだが、今回は本能的に頷く。

「分かったか?もしかしたら…………」

 何故か正太郎は途中で言葉を切る。

「もしかしたら……?」

 正太郎は迷ったようなそぶりを見せたが、私の耳元で囁いた。

「もしも……もしもだぞ?もし……そのお偉いさんにお前が前住んでいた村の時の事を知られてみろ?さくらは……この村から追い出されるかもしれないんだぞ?」

「…………そっか」

 確かにその通りなのだ。

 正太郎の上司ならば、立場的に住民に追い出すように言えばいいし、噂を流して私を追い出させることだって可能なのだ。

「大丈夫だ。もしもの話だ。もしものな」

 よっぽど悲壮な顔をしていたのか、慌てた様に正太郎は言う。

「……それじゃあ、さくらは顔をださないでくれよ」

 正太郎はすまなさそうに言うと、静かに部屋を出て行った。

 今回は……やけに正太郎が念を押して言うな、って思ってたけど……そんな理由があったんだ…………。

 私、正太郎に迷惑かけてるよね。

 ああ……どうして私は普通に生まれてくることが出来なかったのだろう。でも……私が『呪いの子』といわれていなければ、正太郎と出会うことは無かった――――?


 あやふやな感情を抱きつつも、客人はやってきた。

 私は客人のいる間中、正太郎の寝床似るつもりだった。正太郎に、この部屋に居てくれ、と頼まれたのだ。

 ああ……今、何を話しているのだろうか……。まさか……私の事を話しているんじゃ……

 私は不安に駆られていた。

 もし……話していたら、私のことはもう知られているということだよね…………?なら、私が見つからなかったら前の村でのことはばれることは無いよね?

 私は不安を抱えながらも、客人のいる客間の隣の部屋で耳を済ませていた。昔の家のため、耳を澄ませれば聞こえないことも無い。

「……そういえばだね、君」

「なんでしょうか?」

 正太郎の上司は話しをいきなり変える。

「新しい使用人を雇ったと聞いているのだが」

「ええ。仕事が行き届いていなかったようなので、数人使用人を雇いましたが?」

 正太郎は声一つ変えずに何事もなかったかのように言う。

「子供をかね?」

 私はこの質問で胸の鼓動が早くなるのを感じる。

 正太郎……なんて……答えるの――?

「ああ……。独り雇いましたよ。遠い遠い親戚で身寄りもいなかった子がいたんですよ。それで、安心して暮らしをおくらして上げる代わりにここで働いてもらう、という条件で雇ったんですよ」

 それでもなお、正太郎の声は変わらない。

 客まで数十秒――――いや、数分の静寂が訪れる。そのせいじゃくを打ち破ったのは正太郎の上司の方だった。

「嘘だろう?」

「何を仰るんですか?別に嘘なんてどこにも無いですよ」

 ここまで経依然として嘘をつける正太郎はすごいと思うのだが。正太郎は声だけでは分からないがもしかしたら、目に見える動作なので嘘だというのが分かってしまうかもしれない。

 あ……よかった。正太郎、頑張って!

 私は知らず知らずのうちに手を強く握っていた。

 もうこの時点で、正太郎の上司は何かをつかんでいるような口ぶりだというのには私は気付いていなかった。冷静になっていて、自分のことで無かったら気付けていたかもしれないのだが。

「いいや……君は嘘をついているね。まあ、本音もあるだろうが?」

 正太郎は何も言わなかった。何かを悟ったのかもしれない。

 ねぇ……どうしたの?何か……何か言ってよ――――

「私がここまで言っているのだよ?何か証拠があるに決まっているだろう?」

 正太郎の上司は問うが、正太郎は何も言わない。

 さが、しばらくすると正太郎が声を荒げた。

「!これは!」

 正太郎の上司は笑いを押し殺したように「くっくっく」と笑う。

「調べさせてもらったよ。まあ、知ったのはついこの間だよ。君が雇っていた子の住んでいた前の村の村長さんがね、この村に来たときに見たそうだよ。異名を持った子をね」

「それでは……貴方はもうさくらの事を知っているのですね?」

 正太郎は観念したかのように、声がワントーンほど下がる。

「ええ。知っていますよ」

「それで……わざわざ何故私にその事を伝えに来たのですか?」

「私だってね、人の気持ちを考えるのだよ。あの子を追い出す時には貴方も別れはしたいでしょうしね」

「……追い出す事が前提なんですか」

 再び正太郎の上司は笑いを押し殺したように笑う。

「当たり前だろう?それとも貴方は、この村に住む人々を危険にさらしてまで、あの少女を置くのですか?」

「……それは」

 いやだ…………もう聞きたくない。いや――――

「貴方がこの村から残り三日以内に少女をこの村から追い出さなければ、役人の手によってあの少女は殺されることになりますよ?」

「なっ!」

 えっ。な、なにも……そこまでしなくても…………

「何故そこまでするのです!あんなもの、ただの偶然でしょう!?」

「確かにそうかもしれませんが、土砂崩れも起きてしまいましたし…………この事を住民に言えば、あの少女は悲しみを背負ってこの村から出て行くことになりますよ」

 正太郎は何も言わない。もしかしたら、上司に押され何も言えないのかもしれないが。

「今日は主にこのことだけを伝えたかっただけです。では、私はこれで失礼しますね」

 客人は出て行こうとしたが、正太郎は送ろうとはしない。

 客人の足音だけが、響いた。本の小さい音でも、この静寂の中では良く聞こえた。


 私は正太郎の寝床へと移動する。

 知らず知らずのうちに小走りになっていたらしく、使用人に「廊下は走らないように!」と言われる。だが、その言葉は脳には響き渡っていない。

 正太郎の寝床に入り、私は正太郎を待った。数分待った頃、障子が開いた。

「正太郎!?」

 慌てて私は振り返るが、でてきた者は正太郎ではなかった。

「いえ……。旦那様ではありません。ですが……旦那様がお呼びです。こちらへ――――」

 移動させたれたのは先ほどの客間だった。

「さくら……ここに座って」

 正太郎の声は暗く、表情も曇っている。

 正太郎は客間での会派を私に話すつもりなのだろうか。……もう、私はその話の内容を知ってしまっているのだが。

「ねぇ……正太郎」

「……なんだ?」

 私は言うか言うまいか迷ったが、いつの間にか呟いてしまっていたらしい。

「あのさ……。私がこの村を出ていたほうがいいよね?」

「ま、まさか!話を聞いていたのか!?」

 正太郎は血相を変えて言う。

 私は正太郎を目の端に捕らえながら俯いた。

 私は正太郎の顔を見ていたら泣いてしまいそうな気がしたから。私が泣いたら、正太郎に迷惑が掛かる。

 しばらくの沈黙の後、私は頷く。

 その後も、沈黙は流れた。

 沈黙を破ったのは正太郎の方だった。

「なら……さくらは、どうしたいんだ?」

「私は……この村を出て行くわ」

 本当はここにいたい…………ここにいたいよ。でも……私がここにいて正太郎に迷惑が掛かるぐらいなら、ここを出て行った方がましだよ――――

「さくらは……本当にそうしたいのか?三日間以内に……この村を出て行かなかったら……さくらを殺すといったのは聞いていたのか?」

 私はゆっくりと頷く。

「……そうか。もしかしたら……そうする事が一番いいことなのかもしれない。でも……俺はお前が出て行くというなら、俺もついていく」

 私は正太郎に抱きしめられる。

 正太郎の温かさが私に伝わってくる。優しさとともに――――

「俺は……さくらを独りにすることはできないよ。これから先も……ずっと一緒に居たいんだ……。だから……一緒に行こう」

「でも……正太郎に迷惑が掛かるもん。仕事とか、ご両親とか……色々正太郎にはあるんだよ!」

 嬉しいよ……。正太郎がそう思ってくれるのは。でも、正太郎に迷惑は掛けたくない―――

「迷惑じゃない。俺は自分の意志で決めたんだ」

「――――うん」

 私は笑顔で涙を流した。

 これから先、つらい生活を送ることになるかもしれないけれど、正太郎と一緒ならそれでもいいと思った。

 そうなる事を夢見て――――


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