第三章 過去の君が-③
更に半年後。
ついに私が恐れていたことが起きた――――
「あっちゃー。こりゃ、すごい雨だな。台風ってのは面倒くさいなぁ」
正太郎は障子を少し開け、外の様子を眺める。
外は荒れた天気になっていた。大粒の雨が降り、強い風も吹いている。この村に台風が上陸するのだという。既に、雨が降り続いてから二日が経っている。
「うむ。おかげで外で遊ぶことができぬ」
私はさすがに台風ぐらいで災いは起きぬだろうと、心中で思っていた。何度か、この村にも台風が来たことが会ったし。
「じゃあ、台風がこの村から去った後にたっぷり遊ぶかー」
正太郎と遊ぶことができるのか…………。嬉しいなっ。
「そんなに嬉しいか?満面の笑顔だぞ」
正太郎は私の顔を見てかニヤニヤと笑った。
自分でも顔が真っ赤になったのがよく分かる。頬が熱い。
「まあ、確かに最近仕事で忙しかったからなぁ……。今度、休暇でもとるとするか」
「本当か!」
正太郎はすぐに頷いてくれた。
「おうっ!遊んでやるぞ~。それまでのお楽しみだな」
「ああ」
速くこの台風がどっかに言ってくれないかなぁ……
「!」
私がごろんっと寝転んだそのとき、大きな地鳴りが響いた。
「なんだ!」
正太郎は血相を変えて、障子を開ける。そのため、隙間から雨水が入り込む。
正太郎はそんな事はお構いなしに、障子の外を見て呆然としていた。
「どうしたのだ、正太郎!何が起きたのだ!」
私はある程度の予想はしていたが、それを信じたくは無かった。
正太郎ははっとしたように、障子を閉めた。
「いや……何も無い」
「何も無いわけ無いだろう!何が起きたのだ――――」
正太郎は障子の前に立って、私に見せまいとしているが、私は何とか障子を開ける。
ここから見えていたのは、村の近くにある山が土砂崩れをしている無残な光景だった。これの土砂崩れでは、山の麓の方では既に巻き込まれているだろう。
「――っ!」
私はそのばで立ちすくんだ。
ああ……もう…………何も起こらないと思っていたのに……
正太郎はあわてて障子を閉める。
私は自分の手を見た。
ああ……やっぱり震えてる。やっぱり叶わなかったんだ…私の願いなんて……そうだよ……願ったこと自体が間違いだったのに――――
「おいっ!大丈夫か!」
その声を聞いた直後、私の意識は暗闇に持っていかれた。
そこは暗闇の中。
少し低めの女性の声が聞こえる。何かを呟いている。
その女性の声は頭に直接響いてくるようだ。
「ここは?」
『むっ。目覚めがちかいようだな』
「だ、誰だ?」
『時間が無い。ああ……ようやく、ここから逃れることができるのだ』
女性の姿は無い。意味の分からない事を述べる女性。聞き覚えの無い声だった。
『早く迎えに来てはくれないか?さすれば、私はこの世界から立ち去ることができるのだ。さほど遠くは無い。ああ、待ち遠しい――――』
それから声は聞こえなくなった。
カタッ。
どこからか小さな物音がした。
「ああ、目を覚ましたか」
正太郎の声がした。
この状況は二回目のような気がするのだが……
「大丈夫か?突然倒れたけど……。いいか、これはお前のせいじゃないんだ。確かに珍しいことかもしれないけれど、そんなもん偶然だ。気に病むなよ」
正太郎は上着を着た姿で、私の顔を見ながら話す。正太郎の顔は心配そうに歪んでいた。
「む。どこかに出かけるのか?」
「……ああ。役所から、役所に来るように言われてな。たぶん状況整理と、土砂を取り除く作業が必要になるから。しばらく帰って来れないかもしれない」
えっ……
「何か分からないことがあったりとかしたら、使用人を呼ぶんだぞ」
正太郎はよっぽど急に呼び出されたらしく、内心どこかあせっているように思えた。
「行って……しまうのか……」
「安心しな!俺は死なないし、これが終わったら、長い休暇を取ってやる。だから、許してくれよな」
私は頷いた。
私は正太郎の仕事の邪魔をしてはいけない。正太郎に迷惑が掛かるし……
「いい子だ。じゃあ、俺は行くからな」
正太郎はあたしを軽くなで、去っていってしまった。
どうしよう……。もしも、この村の人が私の住んでいた村では呪いの子といわれていたのがばれたら……。そうしたら、私はこの村にいられなくなるの?…………そうしたら……正太郎とも、会えなくなるの……?
あれ?どうして、ここで正太郎の名前が出てくるんだろう――――
台風が去り、土砂崩れが起きてから、三日が過ぎた昼の頃。
「ただいま」
ガラガラガラッと扉が開く音がした。
私は玄関へと急ぐ。
このもやもやした気持ちが正太郎に会えば、晴れるかと思ったから。
「お帰りなさい……」
「……なんだ。元気ないな」
正太郎は疲れているようで、少しばかりよろよろしている。目の下には濃いくまがある。きっと、あまり寝ていないんだろう。
「正太郎こそ…………休んだら?」
「ああ……そうするよ」
正太郎らしくないような返事をした後、少しよろめきつつも寝床へと移動しようとしていた。
大丈夫かなぁ…………そうだ!私のできる事をしよう!
私は正太郎の寝床へと急ぐ。
押入れから布団を出し、それをいつもの寝る場所に敷いた。あと、忘れずに枕も置く。
「ん?ああ……ありがとう」
正太郎は短くお礼を言ってから、私の敷いた布団の中に入る。
「お休みー」
「うん。おやすみなさい」
私は正太郎に向かって微笑んだ。
私が正太郎をじっと見ていると、数秒もしないうちに寝息が聞こえてきた。よっぽど疲れていたのだろう。気持ち良さそうに寝ている。
「……なんか、可愛いなぁ。いつもと立場が変わった気分」
ああ……何をつまらないことを思っていたんだろう。まだ、私が前の村で呪いの子と呼ばれていたことも知られてもいないのに…………
なんだか、眠くなってきちゃった――――