第三章 過去の君が-②
私が正太郎の家に住み始めてから、一日が経った。
私は使用人達に何故か可愛がられた。現在は五歳でまだ、子供という年だった。そのせいか、使用人は私に甘かった。
使用人たちは自由気ままで、特に何も無い限り怒らない正太郎が主人だと嬉しいらしい。おまけに、使用人たちは正太郎に似た性格のようだ。主人である正太郎には客などがいない限りため口だ。
そして、何故か正太郎は私を特別扱いのして、妹のように可愛がり、毎日遊んだりもしてくれた。そのため、私は正太郎を兄のように感じ、親しくなっていった。
そして、何日もの時が過ぎていった。そのときは、それまでに味わったことの無い楽しさにあふれていた。
もしかしたらそれは、呪いの事について考えなくてもいいようになったからかもしれない。私に掛けられているかもしれない(私は信じていないが)呪いを知る者は、この村には正太郎以外知らないし、今のところ災いは起こっていない。
それだけで、私は幸せに思えた。
私は両親に捨てられたが、それほど悲しんではいなかった。呪いの事を知っていた両親は、いい暮らしをさせてもらってはいたが、愛情があまりにも少なかったような気がするのだ。
その点に関しては、ここの方が愛情にあふれているかもしれない。
使用人は私に優しくしてくれるし、正太郎は兄のように私に振舞ってくれる。私にとってのこれ以上の幸せはあるのだろうか。
私は愚かな事に、その幸せが続く事を願ってしまった。
その願いはかなわず、もう明日には―――――いや、いつどこでもその願いは崩れてしまうかもしれないというのに。
それを知っておきながら、その事を心の奥深くにしまおうとしていた。その事を貴にしたくなかったから。もしも、気にしてしまっていたら、怖くて、本当に崩れてしまうような気がしたから――――
今日は、正太郎と一緒に商店街を歩いていた。
「えっと……。今日はあの茶屋に行ってみたらし団子を買って、一週間の菓子を買うだろ……」
正太郎は指折りをしながら、買うものを考えている。
私と正太郎は、ほぼ毎日商店街に行ったり、近くの草原に行ったりして遊んでいた。もちろん、仕事が終わった後だが。そして、だんだん、正太郎と過ごすときは多くなり、私はこの時が永遠につ好いてほしいと思うようにもなった。
私は『永遠』なんて物が、この世に無いのは分かっていた。言い切れることは無いと。でも、私は信じていたかったんだ『永遠』を。
「ん?どうしたんだ」
「えっ……。あ、いや。なんでもない」
「ふ~ん、そっか。よし。今日は新しい菓子をさくらに買ってやるぞっ!」
本当か!
「おう!」
私は正太郎と時を過ごすなるにつれて、菓子が好きになるようになった。今では、正太郎に菓子を買ってもらうことが日課になっている。
私の住んでいた村では、菓子はなかったため、私にとってはとても珍しいものなのだ。
そして、今日はその日で楽しみにしていたのだ。
「あれ、何をそんなに嬉しそうなの」
「む。別に嬉しそうなどでは無いぞ。楽しみなだけなのだ」
正太郎は愉快そうに笑う。
「ははっ。同じだろ」
「む。確かに」
なんだか、正太郎といるときは楽しいのだが、素直になれないのだ。素直になりたいと思っていても。
「ほれ、ついたぞ」
そこは、いつも着ているような駄菓子屋と違う、駄菓子屋だった。
『ガラガラガラ』
正太郎は入り口と思われる冊子を開けた。正太郎は、駄菓子屋の中に入っていく。私は正太郎に続いて中に入った。
そこには、まだまだ私の知らないお菓子がいっぱいあった。それらは、私にとって輝かしいものだ。
正太郎は私が駄菓子屋の中にあるお菓子を眺めている間に、選んで買っていたらしく、
「ほらっ。いくぞー」
私は冊子の前にいる正太郎の所へ行った。正太郎は「ありがとね」と、駄菓子屋のおばちゃんに行って外へでた。
私は何か正太郎にねだったりはしない。一様住ませて貰っている立場だから。まえ、駄菓子屋に来たときは何か買ってくれるといったのだが申し訳なくて、断っていた。それからも、正太郎は言うのだが、三回ほど言ったときにはもう言わなくなった。
なんだか寂しさを感じるけど、正太郎と過ごせるのだからいい。
「ん?何か騒がしいな」
正太郎と少し歩いていると、ポツリと正太郎は言う。
私は耳を澄ませる。
確かにそうだった。原因は分からないが、喧騒が聞こえる。
商店街の道のど真ん中で、野次馬らしき大きな人だまりが見える。
「おもしろそうだな……。ちょっと行ってみるか」
「い、行くの?」
私はハッキリ言って、あんまりこういうのは関わったことが無い。まあ、止められていたのだが。
「行かないのか?」
「行ってみる」
私は軽く頷く。
正太郎がいれば、大丈夫だもん。
正太郎は野次馬の中に入っていって、私はそれに続く。正太郎が通り抜けた後だったので、
歩きやすかった。
しばらく進んでいくと、正太郎は立ち止まった。
「なあ、なんでこんなことになったんだ?」
正太郎は近くにいた男に話しかける。その男は正太郎ほどでは無いが美青年である。その男は、興味津々と言った様子で喧嘩を見ていた。
「ああ、俺もよくわかんないんだけど。商売の好敵手同士が喧嘩してるらしいぜ。始めはちょっとした口げんかだったんだけど、だんだん騒ぎが大きくなってこうなっちまったのさ。……って、正太郎さん!」
「よおっ!っていうか、気付くの遅いなぁ~」
正太郎は愉快そうに哄笑するが、周りの音で殆んどかき消された。
「誰だ?こいつは」
「ああ、桜は知らなかったな。こいつは俺の仕事場の部下だ」
「はじめまして」
正太郎の部下である男は手を差し出してきた。
「うむ」
私は正太郎の部下であるこの男がべつに怪しいわけではないが正太郎の後ろに隠れる。
「あははっ。まあ、ちょっと人見知りだから許して暮れよな」
「そうなんですか」
男は少しがっかりしたような様子で、肩をおろす。
「じゃあ、俺は行くから」
「えっ!これ以上前に行くと危ないかもしれませんよ?」
「大丈夫だよそれぐらい。こう見えても運動神経はいいんだからな!」
へー。そうなのか、まあ確かに遊んでいるときも結構動きが良かったような……
「……そうですけど。怪我はしないでくださいよ」
「分かってるって。じゃあ、行くぞ」
私は正太郎に手を引かれる。
あっ……。私の手を握ってくれてる…………このまま握っていてくれないかな。
そんなひそかな願いを持っている中、正太郎に手を引かれ歩いていくと、一番前のところまで出て来れた。
真ん中には二人の男がいた。一人は私の知らない『エプロン』とか言う服を着た二十代後半ぐらいの青年。もう一人は、四十代後半ぐらいの小父さんといって言いぐらいの背中が少し曲がった老人。
喧騒を聞いていると「それじゃあうちのメニューとかぶるじゃないか――――」「洋風、洋風とか何とか言ってるけど――――」とか何とか。お互いに難癖を付け合っている。
喧騒を聞いていると、青年の方は洋風料理屋店長で、老人の方は和風料理屋店長らしい。
青年の方は頭に来たらしく、近くにあったビール瓶を手にした。青年はそれを老人に向かって投げるつもりらしい。だが、青年は手元が狂ったらしく、思いも寄らない方向にビール瓶は飛ぶ。
そのビール瓶は運悪く、私達のいる方向へ飛んで来た。
「えっ……」
私はビール瓶が当たってくると重い、硬く目を瞑る。
『パリーンッ』
ビール瓶が割れる音がした。
だが、私に来るはずの衝撃が来ない。
私は恐る恐る目を開ける。
すると、左腕を押さえながら座り込んでいる正太郎がいた。
「大丈夫っ!」
「いってぇ~」
正太郎は軽くうめいている。左腕を見ると、腕に当たったときにできたのか地面に落ちたときにできたのか、ガラスできったと思われる傷があった。その周辺には濃い青あざがある。
「――っ!まさか、私をかばって……?」
「ん?これぐらい平気だ。唾でもつけときゃ直るって」
正太郎は平気そうな顔をして腕を回す。だが、ちょっと回した所で顔をしかめている。
「医者に見せないと……」
「何やってるんですかっ!正太郎さん」
正太郎の部下である男が、野次馬を掻き分け、こっちにやってきていた。
「ねえ、部下さん。どうしよう……」
「医者に見せるしかないようですね」
男は正太郎の左腕を見て、呟くような小さな声で言う。
「とりあえず、正太郎さんのお宅に行きましょう」
「う~ん。骨には異常は無いけど、しばらく痛いかもね」
医者は正太郎を診察し、あいまいにそう答える。
すぐに家に帰って、医者を呼んだ私達は診察を終え、話を聞いていた。
「しばらくって、どれくらい!」
「う~ん……。二週間ぐらいかな?まあ、傷もあるからガーゼを出しとくね、あとシップを張りなさいね。多めに出しておいてあげるから」
医者はそう言って、てきぱきとガーゼとシップを用意している。
ああ……私のせいで正太郎に怪我を…………
「なんでお前はそんな泣きそうな顔してんだよ」
正太郎は優しく私の頭に手を置く。
「だって……私のせいで正太郎の怪我を…………」
「どこにお前のせいがあるんだ。しいて言うなら、俺が勝手に前に出て行ったからだろ。あ、あとビール瓶を投げた奴な」
正太郎は頷く。
「だからお前のせいじゃない」
正太郎は私に向かって微笑む。視界が若干ぼやけているがそれぐらいは分かった。
「な、何を泣いているんだよ!」
「だって……正太郎が無事で……」
正太郎は目を見開いたが、すぐに再び微笑んだ。
「大げさだなぁ。大丈夫だよ。死ぬような怪我じゃなかったんだから」
「……うん」
この一軒で、私と正太郎は二週間ほどの間外で遊ぶことは残念ながらできなかった。怪我をしているため、当たり前なのだが。
そして、正太郎は仕事場でああだこうだ言われたらしい。
私は、正太郎が私を護ってくれたことが申し訳なかったけど、とっても嬉しかった。