第一章 再開-②
ジリリリリリッ
「う~ん」
サイレンにも似たような目覚まし時計が翔の部屋で鳴り響いていた。だが、翔は目覚まし時計の音では目覚めず、ベットの上でもぞもぞと動いただけだ。
ジリリリリリッ
目覚まし時計はなり続けるが、翔が起きる気配は無い。
ジリリリッ
目覚まし時計の音は途中で止まる。だが、目覚まし時計は翔が止めたわけではない。
「こらっ!貴様、起きんか!」
「うるさいなぁ……母さん」
目覚まし時計を止めた者は、ふるふると小刻みに小さい体を振るわせた。
「な……なにが『母さん』だっ――!私は……私は貴様の母では無い!」
目覚まし時計を止めた者――さくらは、翔のかぶっていた布団を勢い良く奪い取った。
まだ肌寒い春のため、これには効果があった。翔は身震いして飛び起きたのだ。
「さ、寒。ん?母さんじゃない」
「貴様。私が来てやったのだ。そんな寝ぼけた顔をしているのではない!何を欠伸までして……伸びまで…………」
さくらはあきれたように翔をじっと見ていた。
「ん?ああ、君か」
「『君』?……貴様の口の利き方はどうにもならないようだね……私はさくらという大切な名前があるのだ。多めにみて『さくら』と呼ぶのはよしとしてやるから、そう呼びたまえ」
翔はさくらが凄みのある声で言ったので怯えたように慌てて頷いた。
「それなら俺も翔って呼んでくれないか?」
「む。いいだろう。私は特別に貴様の事を翔と呼んでやる。それにしても私は貴様の名前を初めて聞いたぞ」
さくらは満足そうに大きく頷いた。
(ああ、そうか。一番初めにあったとき、俺はちゃんと名乗ったんだけど、忘れてたのかな?)
翔はそう考えていたとき、さくらの言葉が翔の耳の中に入った。
「これで私を『さくら』という名で呼んでくれる者は二人になったのだ」
それは小声で、あまり聞き取りやすい声とは言えなかったが、翔にははっきりと聞こえた。しかも、その声に嬉しさが混じっているのも翔には勘でわかった。
「じゃあ、俺のほかのもう一人って誰だ?」
さくらは顔を赤くして翔の方を向いた。
「今の……聞こえてたのか」
「うん。小さい声だったけどね」
「む。貴様。貴様は学校という物に行かなければならないのではないか?」
さくらは話をしたくないのか、話を変えようとする。だが、
「今日は土曜日だから学校は無いよ」
「むむ……説明をしようとすると面倒なのだよ。だが、話すとしたらこの機会しかないのも事実だ。ふむ。では貴様は私に金平糖を与えたら、朝ごはんという私には不必要な物を食べて、この部屋に来るのだ」
そういい終えた直後、
「翔!起きてるのー!起きてるなら早く来なさい。ご飯出来てるわよー」
「はーい。今行く」
一回に居る母にも聞こえるような声で翔は言った。
「ほら、貴様の母も呼んでおるぞ。さあ、金平糖をよこしてさっさと行け」
さくらは翔に手を差し出した。翔は何も言わずに、さくらの手のひらに金平糖の袋を置いた。
「じゃあ、朝飯食べて戻ってきたら教えてくれよ」
「うむ。約束しようではないか」
そう言葉を交わしてから、何事もなかったかのように一階に降りていった。
(ん?なんか……もうさくらが居るのが当たり前みたいになって無いか?俺、慣れんの早くね?)
「で?誰なの?」
興味津々と言った様子の翔は、さくらの目線に合わせて言った。さくらの背は、小柄な翔の胸元辺りの背しかない。そのため、翔はかがんでいる状態にある。
「むー。覚えておったのか……」
さくらは困ったような顔をした。だが、翔の変わらぬ態度を見てやれやれといったように手を上げた。
「……分かった。話してやろうではないか。ただ……少し時間が掛かるがいいのか?」
「ああ、時間はあるさ」
さくらは翔に何を言っても無駄だという事を悟り、ため息をついた。
「よかろう。ただ……もしかしたら……翔。私が思うには翔もなんらかの関係があるかもしれない。それでも聞くか?」
「?ああ」
さくらは若干ためらいがちに話し始めた。
「では……話そう。さくらと呼んでくれたもう一人の人物は、私にとってかけがえの無い人であった。私に喜びを、哀しさを、嬉しさ、愚かさ、愛おしさ……。私に全てを教えてくれた人だ」
「そして――――私が神として生きる前。つまり、人として生きていたときの私を殺した人なのだよ――――」