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第五章 君に伝えたくて

 第四章 君に伝えたくて


「と、言うわけだよ。それで出会ったのがあの桜の木だった。と言う訳だ」

 桜が話をしている間、翔は何も言わなかった。

「おい、何を俯いておるのだ。まさか話を聞いていなかったというのではないだろうな!」

「い、いや。ちゃんと聞いてたよ!」

 翔はあわてて首を振る。

 それを見たさくらは、疑わしそうに正太郎をにらむ。

「ほ、本当だって。……でも」

「む?なんだね」

「君にそんな過去があるなんて知らなかったよ。でもさ、正太郎さんは君を直接的には殺していないんじゃないか」

 さくらはそれを聞いてどこか哀しげに言った。

「そうなのだよ。私はあんな運命を辿ってしまったけれど、正太郎を恨んではいない。むしろ感謝すべきではないかと思っているのに。だが、正太郎がそれを認めなかったのだよ」

 さくらはそう言って、それ以降何も言わなかった。

 そのため、しばらくの沈黙が流れる。

 その沈黙を破ったのは、翔の方だった。

「でさあ、その正太郎さんと俺がどう関係があるんだ?」

 その疑問は話を聞いている途中にも頭の片隅で思っていたことだった。

「…………ああ。物分りの悪い奴だなぁ。要するに、だ。翔、貴様は正太郎の魂の持ち主というわけだ」

 さくらは平然とそう言い、正太郎を指差した。

「ええ!?でも、俺は正太郎の記憶なんて無いぞ!」

「当たり前だ。殆んどの場合、生前の記憶なんて多くの者が持っていないのだよ。だが、極たまに生前の記憶を持っている者もいるらしいが。やはり、記憶は持ってはいなかったか……」

 さくらは残念そうな顔をしたが、それは一瞬ですぐに無表情に戻ってしまう。

「まあいい。ちょっと来たまえ。時間はあるのだろう?」

 さくらはついてくることが当たり前といったような口調で、部屋を出て行ってしまう。

 翔はそれを見てあわてて着いていった。


 翔は何もすることも無く暇だったため、さくらについて行く事にした。

 翔は家を出る前に止められたのだが、適当な理由を作って家を出る。若干怪しまれた気がしないでも無いが、翔は気にしていなかった。

「で、どこに行くんだい?」

 さくらは無言である。

「お~い」

 翔が声をかけるが気付いているのか、いないのか。それは分からないが、無視をしている。

「ちょっと!」

 少し大きな声を出すと、さくらは大きく肩を震わせた。

「急に大きな声を出さないでくれたまえ」

「あ……ごめん。反応が無かったからつい。で、どこに行くの?」

「ああ。話の中にでも出てきた、『桜谷神社』に来てもらおうと思ってな。一つ言っておくが、今私に話さないほうがいいと思うぞ」

「え?」

 さくらは道路の交差点の角にいる、婦人と思われる人達がひそひそと話していた。

 翔はそこで予想がつき、顔を紅く染める。

「そういうことだ。翔ははたから見れば、独りでに話をしている高校生ぐらいの男と思われるのだからな」

「……気をつけるよ」

 さすがにこの翔の声は小さく、肩をすくめている高校生に見えるだろう。

 特に話すことも無く、さくらについて行った翔は山の麓辺りまでやってきていた。

「まさか、この山に『桜谷神社』があるのかい?」

「……そうだ。登るぞ」

 翔達のいる山は、翔が小学校の頃に遠足できたことのある山だった。さほど高く無い山で、大人なら二十分ほどで頂上に着く事が出来るだろう。

 さくらは歩くのが面倒なのか斜面に沿って浮遊しながら移動している。そのスピードは以外にも速く、翔は自然と早足になっていた。

 そのため、山の中腹辺りには五分足らずで着くことになった。

 そして、薄く生えた草の上を通り「桜谷神社」へと向かった。

「これは――!」

 翔は神社が見えたとたん絶句した。

 翔が見た『桜谷神社』は、とてもじゃないが見ていられる状態ではなかった。地蔵はほこりをかぶり、地蔵を護るようにしていた屋根の瓦は所々落ちたり、色が薄くなったりしていて、手入れをされているようには見えなかった。

「き、君はこんな所で数百年もの会いだ過ごしていたのかい?」

「ああ。でも、それは今日で終わる」

「え?」

「そう、今日で終わるのだよ」

 さくらはこんな神社になってしまっても、なぜか寂しげだった。

 こんな姿になろうとも、さくらにとっては家のようなものなのだから当然といえば当然なのだが。

「でも、どうして終わるんだい?」

「私は今日、翔に伝えることが出来たのだからそれでいいのだ」

 彼女は微笑する。

「これで、未練は無くなった。もともと、未練なんてほとんど無かったけどな。翔が正太郎の記憶を少しでも持っていてくれたらそれは嬉しかったんだけど。さすがにそこまでは無かったようだしね」

 翔が悪いわけでもないのだが、翔はさくらに申し訳なさを覚えた。

(自分は何もこの少女にすることが出来ないのか……)

 翔は俯いた。

「それでは、私も転生することとするよ」

 目の前にいるさくらという少女は、清々しくそう言った。

「待って!」

「……なんだね」

 さくらは小さく左に首をかしげる。

「ねえ、正太郎さんは君といれて幸せだったんだと思うんだ。君がいなくなって、誰よりも悲しんだのが、何よりの証拠だよ。本当に」

 さくらは大きく目を見開いて翔の方を向いた。

 翔はさくらに驚かれているのに気付き、何を口走ってしまったんだろう、と恥ずかしく思う。

「……そんな事を言われたのは翔が初めてだよ。普通ならそんな事は無いといってしまうところだが……不思議とそんな気がしてしまうよ。なあ、翔。私が転生して、もしも私と会ったとき、よろしく頼むぞ」

「わかった。そのときもこちらこそよろしく」

 翔はさくらと会うことが出来ないかもしれないと思うと、短い間だったけれど翔の心の中で急に哀しさがこみ上げてきた。

 そのとき、翔の心の奥底で何かが反応して、正太郎とさくらの過ごした日々が正太郎の頭の中に移される。そして、翔は正太郎が何をさくらに対して思っていたのかが分かった。

「ねえ、最後に一つだけ聞いてよ。俺の言ったことは間違いじゃなかったんだ。正太郎さんは……君と一緒に入れてとても幸せだったんだよ。正太郎さんは、さくらと別れる時にもつらかったんだよ」

 さくらは再度大きな瞳を見開いた。だが、先程よりも大きく目を見開いている。

「まさか、正太郎の記憶がよみがえったのか!?」

 翔は何も言わずに頷く。

「それなら……正太郎は私のことは好きだったか?」

 その声には震えが生じている。顔も不安そうな顔をし、そうであって欲しいと願っているようだった。

「そうだよ。正太郎さんは、君のことが大好きだったよ」

 この言葉には全く嘘は無い。

「ほ、本当に?」

「うん。嘘はついていないよ」

 翔は微笑んだ。

「……そうか。良かった。ずっと……ずっと、そのことが気になっていたんだ。ようやく、私は神という名の呪縛から解放されるのか」

 さくらは静かに瞳から涙を流す。

 翔はこんなにも綺麗な涙を初めて見たのだ。穢れの無い、心を表すかのようにさくらの涙は綺麗だった。

「それでは翔、またな。私と会った時には頼んだぞ」

「うん」

 静かなそよ風が吹いた。

「あ」

 さくらは小さく声を上げる。

 翔はさくらがある一点を見ていることに気付いた。

 翔もさくらの見ているほうを見てみる。

 そこには、さくらと正太郎、また翔がさくらと出会った桜並木だった。山からその桜並木が見えているのだ。

 今は春のため、さくらは美しく咲き誇っている。

「綺麗だな。……今度会うときには、また、あの桜並木の下で会おう」

「ああ。じゃあ、また会う日まで」

 さくらは小さく手を振る。

 さくらはそれと同時にさくらの花びらのように淡く消えていってしまった。

「あれ?」

 翔は自分の手に顔を当てると、濡れている事に気付く。

(ああ。さくらにあったのは本の数日しかないのに、どうしてこんなに哀しいんだろう。正太郎さんの影響なのかな……それとも――――)

 翔は静かに涙を拭い、空を見上げた。

 空は雲ひとつ無い、見事な快晴だった。真っ青の綺麗な空は、桜を引き立たせている。


 翔は歩き出した。さくらに会うという希望を胸に抱えて。


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