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第六談 死の衝撃

 翌日、僕はいつも通りの制服姿に、薄っぺらい通学用の肩掛けカバンを持ち、通学路歩いていた。ポケットに両手を突っ込んで、あくびをかみ殺す。このままゆっくり歩いていても、始業チャイムには十分すぎるほど余裕を持って教室に辿りつける。近くにいる数人の僕と同じ制服を着た生徒たちも眠たそうに、ゆっくりと余裕たっぷりに歩いている。

 

 だが、今日ばかりはそんないつもの登校風景に違和感を覚えた。

 生田や彩乃にも言われることなのだけど、僕は歩くスピードが速いらしい。ただ歩幅が大きいだけなんだけど。

 そんな僕は自慢じゃないけれど、歩いている人を後ろから抜き去ることはあっても、後ろから抜き去られるということはあまりない。

 

 なのだが、今日はやたら後ろから同じ学校の生徒に抜き去られる。

 理由は簡単。彼ら彼女らが走る、または早歩きで学校に向かっているからに他ならない。そんなに急いでどうするのやら。

  一つ、皆執拗に携帯を触っているのがちょっと気になった。

 僕は正門をくぐると、登校したばかりの生徒が自分たちの下駄箱ではなく、中庭方面へ向かって足を進めているのが目に入る。

 僕も流れに身を任せ中庭へと足を運ぶと、途中で生田の姿を発見した。

 やはり携帯を触っていた生田を捕まえて、状況を聞きだす。


 「生田、どうなってんだこれ?」

 「おぉ、遥真。俺もさっきメールで知ったんだけどな。また、飛び降りらしいぜ。それも前と同じ場所で……」

 

 眩暈がした。

 足がもつれて膝をつきそうになったが、なんとか堪える。


 「大丈夫かよ、遥真」

 「大丈夫。僕らも……行こう」


 野次馬根性ではないけれど、早く現場に行かなければいけない。

 なぜかそんな気がした。



 中庭はやはり生徒でごった返していた。中心部の様子は背伸びをしてみても全く窺えない。その集まった生徒たちを、「あなたたちすぐに教室へ戻りなさい!」と教師たちが中心部から外から追い返す声が聞こえてくる。

 どうやら本当に事件は起きているらしい。

 警察の姿もちらほら窺える。パトカーは裏口から入ったようだ。


 「本庄ちゃん!」


 生徒たちの一番奥から、聞き覚えのある声が響いた。

 それも悲痛な叫び声。

 僕は背筋に悪寒を感じながらも、群れる生徒たちをかき分けて行く。


 「ちょっと、ちょっとゴメン。悪い、通してくれ!」


 視界が開けた。

 一番初めに網膜へと焼き付いたのは、すでに浅黒くなっている血痕の数々。

 昨日彩乃と座っていたベンチの周囲一帯を隠すようにブルーシートが敷かれていたが、壁や遠く四方へ飛び散った血痕までは隠し切れていなかった。

 眩暈がする。

 飛び散った血痕、肉片、脳髄、ひしゃげた体、つぶれた頭、飛び出した眼球、二度と起き上がることのない……死体。

 僕の脳裏を最悪なイメージが通過していく。

 胃の中から胃液がせり上がってくるのを感じ、僕は早い深呼吸でそれを飲み込むように押さえつける。

 落ち着け。これは違う。

 コレハ、アイツジャナイ。


 「本庄ちゃん、本庄ちゃん!」


 凉莉の泣き叫ぶような悲鳴が再度僕の鼓膜を震わせた。

 はっ、と僕は意識を現実世界へと引き戻す。

 特別ブルーシートが幾枚も重なって膨らんでいる場所の手前、凉莉と一緒にいる二人の女子中学生が教師によって体を抱きかかえるように押さえつけられていた。

 たぶん教師が体を押さえていないと、ブルーシートを捲って死体を露わにする可能性があるんだろう。それに警察が調べるまで、現場を保存しておく必要もある。

 

 「凉莉!」


 僕は教師の拘束から逃れようとする凉莉に駆けよる。

 その際、教師の一人に、入っては駄目だ! と行く手を遮られそうになったが、右手で押しのけて振り払う。


 「凉莉、落ち着け! 凉莉! 僕の目を見ろ!」


 狂乱しかけている凉莉の顔を両手で固定した。途中、したたか顔や体を殴られたが、今はどうでもいい。

 僕は固定した凉莉の顔に、自分の顔を密着させるように近づけた。それでも近づく僕を敵とみなしたのか、噛みつかんばかりに犬歯を覗かせてくる。

 僕は手っ取り早い手段。短いインターバルだったが、助走をつけ凉莉の額に自分の額を思いっきりぶつけた。

 ゴチン、と鈍い音がした後、グルグル回っていた凉莉の視線がその時初めて僕の視線と交わる。


 「兄……ちゃん?」


 さっきまで叫んでいたものとは違う、その絞り出した消え入りそうな小さな声は悲痛に震えていた。

 そして肺に溜まった空気を咳と共に吐き出し、カクン、とまるでマリオネットの糸を切ったかのように、力なく僕の体に体重を預けてくる。

 気絶したか……。

 僕は意識を失った凉莉をお姫様抱っこの要領で抱え上げると、そのまま保健室へと向かった。


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