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第四談 魔女

 放課後、僕は生田からのしつこい誘いを断り、図書室へ向かった。

 しかし、校内を歩いてはいない。足を運んでいるのは、旧校舎。古びていて、曰く因縁……はないが呪われた旧校舎と名付けられているところ。

 実は取り壊しが決まっていたのだが、業者が作業をしに来ると必ず大小様々な事故が発生するらしい。最後には死人が出たとか……出なかったとか。

 付け加えると、中には噂の魔女がいるとかいないとかで、犯人はそいつだとかとも噂されている。

 場所は地図上で見ると新校舎の右下に位置している。行き方は至って単純。新校舎の真後ろに出て、そのまま地図通り真っ直ぐ進むだけ。

 そんな、誰も足を踏み入れないところへ歩みを進めていた。

 

 目的の図書室は二階に上がり、右手側ある。真っ先に目に入ったのは茶色一色の扉。ガラスのはめ込みも、装飾も何も施されていない。シンプルイズベストな扉。

 僕は少し力を入れて、立て付けの悪い扉を引く。中は至って普通の図書室。真ん中の通路を残して、大きな本棚が所狭しと並べられている。

 けれど、本棚の一番にある死角となる場所だけは異様な雰囲気が漂う。

 そこには紫色の派手な一人用のソファーが置かれ、派手な銀装飾の小型円卓テーブルが置かれている。周囲には本の山。それに隠れてお菓子や飲み物の類もあった。

 この部屋の主、都市伝説と噂された『魔女』は紫色のソファーの上にいた。

 文庫本程サイズの本を読んでいる。

 そして、何故か学校指定の赤いジャージを着ていた。

 

 魔女検証その一。

 真っ赤な服に身を包む、というのは赤いジャージに身を包む、だった。


 「よう、ジャージ魔女」

 「ああ。ずいぶんと遅い登場じゃないか、斎賀」


 来訪者に気がついた魔女は、読んでいる本から目を離し、僕を見据えた。

 魔女は綺麗な腰まで伸びる茶髪だが、瞳は宝石のように透き通る蒼色だった。目を合わせると、まるで瞳に吸い込まれそうな錯覚を起こす。


 「授業終わってすぐ来たんだから文句言うなよ」

 「文句なんて露ほども言ってないだろ。君は相変わらず瞬時に被害妄想を膨らますのが好きだな。真性のどマゾが……」

 「たった一言で真性のマゾヒストかどうかまで分かるとは、流石は音に聞くジャージ魔女」


 僕はニッコリと笑顔で魔女誉める。

 こんな風に嫌味を言っても全く動じないヤツだということは百も承知だけど、腹立つから取りあえず言える時に言っておく。


 「お誉めに預かり光栄だよ斎賀」


 うわ、なんかすげえ良い笑顔で返された……。なんかまずい雰囲気になりそうだから話を先に進めておこう。


 「で、メール寄越して何の用だよ瀬菜?」


 僕は今までの会話をなかったかのような口調で、魔女改め瀬菜と言い直す。

 魔女検証その二。

 その正体は正真正銘普通の人間。二年四組在籍の悠木瀬菜。

 ちなみに悲しいかな、僕のはとこだったりもする。

 親戚なのだが、なぜか瀬菜には名字で呼ばれていて、名前を呼ばれたことはあまりない。別にどっちでもいいんだけどさ。


 「ん、ああ。少し聞きたいことがあってね。それで呼んだ。それともなにか? ここで、私とくんずほぐれつイヤラシイことでもしようと目論んでいたのか?」


 ああ、男という生き物は汚らわしい、と額を抑えて嘆くフリをする瀬菜。

 こいつは一体僕をどうしたいんだろう……?


 「で、何の用だよ」

 「ふむ。抗体が出来たか……つまらん。まあいい、話しを先に進めてやろう。君は都市伝説について詳しいほうかい?」


 最近もの凄く耳にするワードがまた飛び出してきた。

 今年の流行語大賞にでもなるんじゃないか都市伝説。あ、地域限定だから無理か?

 っていうか僕の質問またスルーか、こいつ……。


 「都市伝説? つーっと、あれか。都内の下水道にワニがいるとか、地底湖にネッシーがいるとか、噂話のことだろ。聞いたことあるくらいで、詳しかねえ――」

 「ダウト」

 「なんだよ……?」

 「私に嘘は通用しないよ。忘れたのか? 全く君は鶏並みの脳しか持っていないのか? 三歩歩いたら物事を忘れてしまうのか? 嘆かわしいねホント」


 出た。ジャージ魔女の特殊能力。

 これは瀬菜が魔女と呼ばれる理由の一つ。こいつは人の嘘を暴くことが出来るのだ。

 昔方法を聞いてみたところ、相手の表情の変化、発声音の変動、言動の不審さ、などから判るわけではないらしい。

 なら、どうやって嘘を判別しているのか。

 それは臭い、らしい。

 他人が嘘をついた瞬間、文字通り『嘘臭い』臭いが発せられるようだ。

 これこそ本当かどうか分からないが、瀬菜が他人の嘘を言い当てることは事実。簡単に否定もできない。

 そして、他人の嘘を言い当てるとき決まって、


 「ダウト」


 というワードを口にする。

 日本語でなんていう意味だったけ。『疑い』だっけか。いっそのこと『ライヤー』とか言えばいいんじゃないか?


 「どこまで都市伝説について知っている? いや、質問を変えよう。最近花月学園で怒っている都市伝説について、どこまで君は知識を得ている?」


 瀬菜の鼻が嘘を嗅ぎ分けようとスン、と鳴り、僕の返答を待つ。

 ここで嘘言っても仕方ないか。今日も彩乃から強制的に聞かされてるし。

 くそぅ、あまり巻き込まれたくなかったんだけどなぁ……。


 「……先週起きた飛び降り事件が都市伝説が原因って噂されてること。それに何故か――」

 「何故か中等部で事件が騒がれていること、か。まあまあの返答だな。一応合格点はあげておこう」


 自分で正解言うんなら初めからそうしろよ。けなされ損じゃんか……。


 「この私がわざわざ時間を掛けてメールまでして君を呼んだのは他でもない」

 「わざわざ時間を掛けてって……。ただ機械類に弱いだけだろ。メールだって僕が何日もかけて教えてやったんじゃん」


 図星を突かれて機嫌を悪くしたらしく、瀬菜は口を軽くとがらせて僕を睨む。


 「うるさい、黙れ。私の話が終わってないだろう。ホント君は常識というものがなっていないな。ああ、こんな男がはとこ殿とはホント嘆かわしい」


 もうレコーダ使って録画予約の方法教えてやらんぞ。あとで泣いて頼みにきても知らないからな。


 「それとこれとは話しが違う。録画予約は毎日しっかり教えてもらわなければ困る」

 「嫌だよ、毎日お前の家に行くなんて。つか、取り説めよ。機械の使い方はあれに全て乗ってるだろ」

 「ふ……。あんな文字の羅列ばかり書かれている初心者に優しくないマニュアルなんぞ読むに値しないね。あんなものの解読に時間をかけるのなら、君を呼んだ方が効率はいいだろう。時間も無駄にならずに済む」


 要するに、取り説に書かれてる機器類がどれか判別付かず、操作の種類も多すぎてどれがどれだか判らなくなる、と。おばあちゃんかお前。

 お前のために毎晩、子供でも理解できるような説明の仕方を考えてる僕のことも考えて欲しい。大学のプレゼンか!

 そんな僕の苦労を知ってかしらいでか、瀬菜は自由気ままに話を進める。


 「今日の朝、学園側からここに手紙が届いてね。学園に噂される都市伝説の一つを解決して欲しいそうだ。最近授業に出席していないから、ちょうどいいと思ってね。『翡翠の死神』というらしいんだが、君は知らないか?」


 その前に、と僕はちょこんと胸の辺りで手を挙げて質問する。

 たった数秒の発言なのに、めちゃくちゃ突っ込みどころあったぞ。まあ、授業に出てないことは知ってたけど。


 「どうして都市伝説解決なんて手紙が学園側からお前に届くんだ?」

 「うん? 言ってなかったか? 都市伝説に限らず、私がこの学園の事件を解決すれば、報酬としてそれに見合った授業の単位をくれるんだよ。授業にあまり出席しない私にとっては好都合だろう」


 便宜上テストだけは必ず受けているがね、と瀬菜は不満そうに付け加える。

 は? 事件解決で単位がもらえる? そんな話し聞いたことないぞ……。でも、待てよ。そういえば、彩乃が最近都市伝説の真相が暴かれて数が減ってきてる、みたいな事さらっと口にしてたような……。


 「それ、僕や他の生徒にも適用されんのか?」

 「さあ、どうだろうね。そこまでは把握していないし、興味もない。ただ私にとっては有益であるものだから使わせてもらってるだけだ。まぁ、言わせてもらうと私以外に事件を解決できるような奴、いないと思うがね」


 ちなみに一部生徒は除く、と瀬菜は僕を見据えていやらしく笑う。

 やばい。完全に今回の事件、僕を関わらせようとしてるぞ……。なんとか切り抜けねば、確実に面倒くさいことになる!


 「で、『翡翠の死神』について知ってることは?」

 「ない」

 「ダウト」


 うぐ……。

 たった一言だけで嘘を判別するなんて、どんなセンサー持ってんだこいつ。

 瀬菜は呆れ顔で首を振り、


 「君の脳細胞は一体一秒にどれだけ死滅しているのかね。さっきの会話すら忘れてしまうとは……。三歩歩いて物事を忘れる鳥よりも劣るな、君の脳は。ああ、嘆かわしい嘆かわしい」


 両手を大きく広げて悲壮感を表した。

 嘆かわしい、じゃなくて、お前のやることには関わりたくないんだって……。

 え? じゃあ、こいつ自信に関わらなきゃいいって? そうもいかないだろ、親戚なんだから……。こいつの親からもよろしくって言われてるし。悲しい血族の宿命だよ、ホント。

 僕はしぶしぶ、偶然今日の昼に彩乃から聞いた情報を伝える。


 「ほぅ。この間の飛び降りに『翡翠の死神』が関係していると? それはまた興味深い話だな。よし、斎賀。明日の夕方までに可能な限り『翡翠の死神』の情報を集めてこい。その色欲に頭が飛んでるイカレ女から聞き出しても案外簡単に集まりそうだな」


 あれ? 彩乃から聞いたってことは言ってないぞ。こいつは嘘暴きだけじゃなくて、心まで見透かせるんだろうか? 旧校舎引き籠り学生の癖に……。


 「つか待てよ。僕がそれに関わる理由ないだろ」

 「斎賀」

 「……何だよ」

 「いいかいよく聞け。中等部での噂だと第二第三の事件が起きる、とも言われている。いいか、事件が起きるかもしれない、ではなく、事件が起きる、と噂されているんだ。可能性ではなく断定だ。それと、学園側から私に直接依頼が来たということは相当マズイ状況にある」


 つまり、何だ、どういうことだ。

 こいつは――何を言っているんだ。

 この間の事件はただの飛び降りだろ。それを誰かが都市伝説に仕立て上げただけだろ。

 そんな可能性は――。


 「今回の都市伝説は殺人事件。『翡翠の死神』は殺人鬼だ」


 なら、中等部に噂が広がってるっていうことは……。


 「鳥の脳よりも劣る君にも分ったようだな。君もこの都市伝説に関わらなければいけない意味がある。中学生――凉莉も、事件に巻き込まれる危険性がある」


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