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第三談 『柏樹彩乃』

 教室を移動した僕は、校舎の中庭にいくつかあるベンチに体を預けていた。

 この花月学園は、コの字型の作りをしていて、デッドスペースを埋める形で中庭が作られたと言われている。運動場を作るには狭いし、他の建物を作るには見栄えが悪い。なら、いっそ噴水でも作って中庭にしてみよう、という学園長の思いつきが案として通ったらしい。

 方角が良かったのか、日が当たる場所として昼食時、生徒にもさりげない人気がある。


 しかし、今は僕以外誰もいない。まあ、理由はちゃんとあるんだけどね。

 でも、静かでポカポカと気持ちのいい気候の下で食べる食事はいいものだ。

 僕も降り注ぐ陽光を体に浴びながら、メロンパンを口に運ぶ。

 うわ、最悪。

 メロンパンを口に入れた瞬間そう思った。


 「くそぅ。暖かいからメロンパンの砂糖が溶けてる……。カリカリサクサク触感が失われたぁ……。これも全てあのアホのせいだ」


 頭もベンチに預け、空を見上げるような形になった。太陽が眩しいため、目は瞑っておく。でも、眩しかった。


 「はーるっ!」


 急に名前を呼ばれたかと思うと、白かった瞼の向こう側が陰る。

ゆっくり薄く目を開いてみると、そこには目があった。というか目が合った。それはよく見知った少女。


 「メロンパン片手にお休み中かな、遥?」

 「いや、顔近いから。傍から見るとちょっと勘違いされそうだから。……離れて」

 「いいじゃん。私たちの仲なんだし」

 「腐れ縁なだけだ。とくかく離れて。特定のやつから弄られるから」


 少女はちぇー、と口を尖らせて顔を遠ざけた。そして、そのままとことこベンチの前に回り込み、僕の横にちょこんと座る。

 彼女は柏樹彩乃。生田と同じく僕の幼馴染で、現在のクラスメイトの一人。

 小柄な体躯にこれまた小顔な綺麗な顔立ち。癖っ毛なセミロングにシャギーを入れているよう見せている髪型に、かなり気を使っているらしい。また、右側につけている三連流れ星のヘアピンが目を引く。制服姿だが男子とは配色が違い、白いブラウスに赤いリボンを付け、グレーのカーディガンを羽織る。それに赤いチェックのスカート、という姿だった。

 噂ではかなりモテると噂されてるけど、どうだかなあ。性格に難あり、だし。まあ、それほどこいつのモテ度に興味はない。


 「で? 教室からわざわざ追ってきたってことは、用があるんしょ?」

 「そうだねぇ。遥が浮気してないか確かめにとか?」

 「疑問形で返されても困るんだが……。しかも俺に恋愛の自由はないのか」

 「じゃあいっそ付き合っちゃう? 私が恋愛管理してあげるよ」

 「遠慮しとく。ホント生田といい彩乃といい僕をからかうのが好きだな。もう慣れたけど……」


 僕は悲しみに満ちた眼差しを明後日の方向へ向ける。

 あー、過去の嫌な思い出がフラッシュバックしそう……。

 

 「今回は本気かもしれないじゃん?」

 「……んな阿呆な。後からの展開が目に浮かぶっつーの。いい加減本題に入れよ。昼休憩終わんぞ」

 「ちぇー。しょうがないか……」


 またもや彩乃は唇を尖らせて不満そうな顔をする。

 もしかしたらこれが本題なのかもしれない――とも思ったが、すぐに違うことが分かる。


 「遥さ、都市伝説って知ってる?」

 「そりゃ普通知ってるだろ。僕も詳しいわけじゃないけど、東京都の下水にワニがいるって伝説くらいなら知ってんよ」

 「よろしい! なら、私が特別にこの学校の都市伝説を教えちゃう!」

 「いや、別に興味な――」


 真顔で断ろうとしたものの、テンションがあがっている彩乃に遮られた。


 「最近いくつか真相が暴かれちゃって数減っちゃってるんだけど、やっぱり一番有名なのは魔女かなぁ? 聞いたことくらいあるでしょ? 旧校舎には魔女が住み着いてるって」


 旧校舎ねえ、と僕は肩をすくめる。

 旧校舎というのは今、僕たちがいる新校舎からものの数分で辿りつく、地図上で見れば真横に位置する名前の通り古い校舎である。

 中高一貫の校舎編成であるため、生徒数増加に伴う教室の増築、また新学科設立に必要な実技室の設立などのために新校舎が作られることになり、必要のなくなった校舎でもある。

 

 どうして必要のないものを数年も放置しているのか。確かにそんな話が以前オカルト染みた話題で盛り上がったこともあった。解体しようとやってきた業者が謎の事故を起こしたとか、実はあの真下に核爆弾が埋まっていて旧校舎を壊すと反動で爆発するとか、その他様々な噂が流れた。

 その中に魔女が住んでいるという噂も確かにある。

 しかし最終的には、新校舎を作ったため旧校舎を解体する資金に余裕がなくなった、という現実味の塊みたいな回答が出回り幕を閉じたはずだった。

 それに関しては紆余曲折あり、僕も一応絡んでたり絡んでなかったり……もする。


 「で、魔女がどうしたって? 占いでも頼みにいくのか?」

 「遥との相性占いならやってもいいかなぁ……、ってそうじゃなくてね! どうやらその魔女、実は存在するらしいのよ。赤い服に身を包んだロングヘアの魔女。夜中に見た人がいるんだって! それもつい最近!」

 「ふぅん。それは凄いんじゃない?」


 メロンパンをかじりながら、とりあえずそれらしい相槌をうつ。

 なんでもいいけど、昼飯くらい静かにゆっくり食べさせて欲しい……。


 「でしょでしょ、凄いよね! ってことで、今日の夜確認しに行こう!」

 「嫌」


 即答。

 テンション最高潮だった彩乃も、さすがに目を点にした。


 「なんでなんでどうして! 遥ならここで『マジで! チョベリグって感じ! ナウなヤングには欠かせない話題って感じ!』って超ノリノリでオーケーしてくれると信じてたのに!

 「いつ僕がそんなハイテンションなギャル語使った! しかもそれ僕たち生まれて間もない頃使われた死語クラスのギャル語じゃねえか! よく知ってたな!」


 僕はメロンパンの欠片を唾と一緒に飛ばしながらツッコミを入れた。

 やめてくれよ、ガングロパンダに超ミニスカ姿とか……。


 「私てきにわぁ、今の言葉が時代遅れって感じぃ。チョベリバー」

 「ギャル語はもういいよ!」

 「むぅ。遥のツッコミには愛が感じられないなぁ、もぅ。いいよ、じゃあとっておきを話すから。驚いて腰抜かさないでよー」


 僕は、全く身近にないギャル語をここで使うクラスメイトを目撃してしまったことのほうが驚きだ! ということを口には出さないことにした。

 心の中では力いっぱい叫んだけどね。


 「魔女は反応悪かったけど、こっちは絶対知ってるよ! 最近問題になったばっかりだからね!」

 「それ……、例の飛び降り事件か?」

 「ガーン! 先に言われた……。私の唯一輝ける瞬間を横から愛しき人に掠め取られた……」


 ベンチから滑り落ちるように地面へ膝をつく彩乃。彼女の頭上だけに雨雲があるかのような暗さを体全体で表現しているように、陰鬱な空気が漂いだした。

 僕はそんな彩乃の状態も無視し、


 「あの飛び降り事件も都市伝説なのか? だったら驚きだな……」


 飛び降り事件というのは一週間前、この花月高校で起きた事件のこと。深夜学校に忍び込んだ名称不明の三年生が事件名の通り、屋上から飛び降りた事件のことである。家などには特別書置きなどは無く、受験のストレスからの突発的な事件として処理されたという、ここ最近一番話題騒然となった事件だった。

 付け加えると、飛び降りた場所はまさにこの中庭。

 事件の痕跡はもう跡形もないが、近づく生徒はほとんどいない。そんな曰く因縁ありの場所でおしゃべりしている彼らだった


 「そうなのよ! あれはこの学校に取りつく自縛霊、『翡翠の死神』の仕業って言われててね。近々

第二第三の事件も起きるんだって、主に中等部ではキャーキャー怖がられてるらしいのよ!」

 「その手の話題にいち早く食いつく年齢だからなぁ。降りかかる火の粉が迷惑だ……」


 昨日の妹である凉莉とのやり取り、というよりも攻防を思い出す。

 この飛び降り事件のせいで、中学生である凉莉がパソコンによりしがみ付くこととなったのかと、ため息。

 

 「そんなわけで、遥! さっそく私と事件解決の捜査に――」

 「嫌だ」

 

 いい加減このやり取り面倒くさくなってきたなぁ。

 ていうか、他の奴誘えよホント。

 僕を、巻き込むな。


 「あーもう、どうして断るのよ遥! 乗り悪いなぁ。ここは『僕もそう考えていたところさマイスイートハニー。さあ、二人で事件解決のランデブーとしようじゃないか。そして、この事件が終わったら僕は……君と婚約するんだ!』みたいに気障なセリフを言うところでしょ!」

 「こっちが、あーもうだよ! 突っ込みどころ満載すぎる! っていうか最後確実に死亡フラグだよな? そうだよな? 展開的に死ぬんなら尚更僕は捜査なんてしないよ!」

 「大丈夫大丈夫。そこはほら、そこはかとなく流れ的に命だけは助かる的な? 戦っても大けがを負うだけで命に別条はない、みたいな展開になってくれるって。たぶん!」

 「漫画か! しかもそこはかとなくって、はしょりすぎだろ! それよりも僕は何と戦うんだよ! 都市伝説が具現化でもすると? 単なる噂話が実体化してたまるか!」


 もう今日何回入れたか分からない僕のツッコミが炸裂した途端、彩乃の言葉がピタリと止まった。

 突然口を閉ざされたことに対し、言いすぎたかと僕は若干焦りを見せる。

 さらに、彩乃はさっきまでとは打って変わって笑顔を消し、無表情で僕の鼻先に指を突き付けた。


 「都市伝説は実在するの。信じるか信じないかは遥の勝手だけど、気をつけたほうがいいよ。もう事件の歯車は回りだしているのだから……」

 

 彩乃は低い声音で、忠告する。

 急激な対話の温度変化に妙な現実感を覚え、僕はごくりと喉をならす。


 「なーんてね。驚いた? 驚いた? もう顔が強張ってるぞー。私がほぐしてあげようかー。んー」


 彩乃は僕の顔を両手で固定し、そのまま自分の顔を近づける。なぜか手だけではなく顔も。咄嗟のことで反応が遅れた僕は成す術もなく体を固まらせる。

 近い近い近い! 警告アラート、デンジャーゾーン!

 だが、彩乃の顔は一定の距離以上近づくことは無かった。


 「こら、あなたたち。公然の場でよくこうもまあ、不純異性交遊を……。しかもここはまだ立ち入り禁止区域だっていうのに」


 僕は彩乃の手を振りほどき、声の主を視界に入れる。そこには棒付きキャンディーを咥えた白衣姿の女性がいた。髪型は長い茶髪をポニーテールにしているのか、顔の横から髪の毛が一房ひょこひょこ揺れているのが見える。

 追牧理実保健医だった。幾度となく生田を保健室送りにしている遥真にとっては顔なじみの教師だった。ちなみに彼女はバスケ部の顧問もしている。理由は可愛い子が多いから、らしい。

 その追牧講師が彩乃の首根っこをしっかりと掴んでいるようだ。


 「ほら、斎賀君。昼休みも終わるから早く教室に戻りなさい。このことは内緒にしてあげるから。その代り、堂々と立ち入り禁止区域で不純異性交遊はしないこと。いいわね。」

 「わ、分かりました今後気をつけます。あと、寸でのところで助けてくれてありがとうございました」

 「な、何よ遥! 私との不純異性交遊がそんなに気に入らなかったわけ?」


 彩乃の爆弾発言に遥真は何か返そうと口を開きかけるも、追牧講師に目で静止をかけられる。

 キーンコーンカーンコーン。

 直後、機械質のチャイムが鳴り響いた。


 「さあ、斎賀君急ぎなさい。でも、柏樹は話があるから保健室。みっちり教育し直してあげるわ。安心しなさい。次の授業の先生には私から話をつけとくから。さあ、私の楽しい授業の始まりよ」

 「いーやー! 助けてー!」


 彩乃の懇願する眼差しが執拗に遥真へと注がれるが、僕はご愁傷様と手を振って見送った。

 いや、危なかった……。


 「さて僕も教室に戻る――うわっと……!」


 誰かが横から追突してきた。そこには、自分より頭一個分背の低い女の子。服装が彩乃と同じ制服姿だが、リボンの色が赤でなく緑だった。これは花月学園中等部の証。


 「ご、ごめんなさい……」


 中等部の少女は急いでいるのか、一言謝るなり足早に去って行った。


 (あの子、どっかで見たことあるような……。ああ、確か凉莉の友達だったか? 一回だけ家に来たことあったっけ)


 本人を見たのは一度でも、凉莉の部屋にあるコルクボードに貼られたプリクラでは何度かお目にかかっている。あの女の子はこっちに気付いていなかったようだけど。


 (まあ、別にいいんだけどさ。――ん?)


 僕は今度こそ教室に戻ろうとすると、不意に後ろポケットに入れてある携帯電話が振動した。振動時間は短く、着信ではなくメールのようだ。

 とりあえず、内容を確認するためにメール画面を開く。


 差出人『魔女』。


 そこには、つい今し方話題として上げられていた、都市伝説と噂される人物の呼称が表示されていた。


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